【韓国地雷事故】「北朝鮮の地雷」と確定 ⇒ 明白な休戦協定違反!

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Money1でもご紹介してきたとおり、2026年09月21日、韓国軍将兵3人がDMZ(非武装地帯)で地雷の爆発事故に遭うという事故が発生しました。

DMZ内で発生したため、この地雷が北朝鮮のものなのか、韓国のものなのかがポイントでした。

また停戦ラインの北なのか、南なのかも重要ポイントでした。停戦ラインより南であるなら、北朝鮮による停戦破り、休戦協定違反であり侵略行為となるからです。


↑国連で浮世離れした演説を行う李在明(イ・ジェミョン)さん。ちなみにこの時、北朝鮮代表部は退席しており、聞いちゃいませんでした。

傑作なことに、Money1でもご紹介したとおり、こんな事件が発生しているのに、韓国大統領に成りおおせた李在明(イ・ジェミョン)さんは、国連で――

「核開発・ICBMの開発と引き換えに、北朝鮮の制裁解除を行うべき」

――という主旨の演説を行いました。まさに「ばっかじゃなかろか」というコントのような光景ですが、ホントの話です。

2026年09月29日、韓国の国防部の新部長(長官)である姜信哲(カン・シンチョル)さんが「北朝鮮の地雷」であったこと、また「停止ラインの南」であったこと――を認めました。

事件が発生した21日から29日までの動きを以下にまとめました。わずか8日間の出来事ですが、長い記述になりました。誠に申し訳ありません。

09月21~29日、地雷事故関連のまとめ

●09月21日――爆発事故発生
午前8時11分ごろ、偵察大隊長ら18人が部隊を出発しました。

GOP鉄柵から小型戦術車両や山岳バイクを使って前進し、その後徒歩で既存経路を進み、未確認区域に入ってからは工兵が先頭に立ち、地雷探知機による探知と草刈りを繰り返しながら約200メートル前進しました。

午前10時51分頃、部隊はMDLにかなり接近したと判断し、作戦を終了して撤収することを決めました。その準備中に最初の爆発が発生しました。

後の合参(米韓合同参謀本部の略:以下同)調査では、爆発地点はMDLの南側約10メートル、北朝鮮軍による地雷埋設が疑われていた地形変化地点からも約10メートルしか離れていなかったことが判明しています。

最初の爆発後、偵察大隊長が負傷した工兵を助けに向かう過程で2回目の爆発が発生したとされています。

近くのGPに設置された集音装置には、約58秒間隔で2回の爆発音が記録されていました。ただし爆発地点そのものを撮影した映像は確保されていません。

この2回の爆発で、韓国軍幹部3人が負傷しました。

最終的な軍の整理では2人重傷、1人軽傷です。偵察大隊長は足首を切断する重傷を負いました。ただし、3人とも生命に別条はないとされました。

午前10時59分頃、現場から医療支援が要請され、韓国軍の医療後送ヘリ「メディオン」3機が順次投入されました。

国連軍司令部からDMZ進入許可が出たのは11時38分、ヘリは11時40分ごろ現場付近に到着しました。

重傷の偵察大隊長と工兵下士官は、現場から約200メートル離れた地点まで人力で運ばれ、ホイストで吊り上げて搬送されました。作戦参加者18人全員が国軍首都病院へ移送されました。

この時点で合参はまだ、

「MDL以南で作戦中、原因不明の爆発によって3人が負傷した」

という慎重な表現でした。北朝鮮軍の地雷か、韓国軍の地雷か、過去から残っていた地雷か、流失した地雷かは確定していませんでした。

●09月22日――事故の本来の作戦目的が判明
翌22日、合同参謀本部は、事故当日の作戦について、北朝鮮軍のMDL南側への地雷埋設が疑われる地点を国連軍司令部が現地調査するため、そのための経路を事前に切り開いていたと説明しました。

つまり事故現場が、もともと北朝鮮による地雷埋設疑惑の対象地域に極めて近かったことが公になりました。

一方、後に政治的争点となる「なぜすぐ現場調査に入らなかったのか」という問題も、この頃から生じ始めます。

●09月23日――姜信哲(カン・シンチョル)国防部長官が現場・病院を訪問
22日に国防部長官に就任した姜信哲(カン・シンチョル)さんは、23日、就任後初の現場視察として陸軍第25師団を訪れ、事故部隊の状況と軍事態勢を点検しました。

姜長官は「敵が挑発した場合には断固として対応する」よう指示しました。

さらに国軍首都病院を訪れ、負傷した将兵を見舞っています。合参の後日の公式説明では、22~23日は負傷者の治療・安静と、事故状況の把握を進めた期間とされています。

●09月24日――「調査が遅すぎる」と政治問題化
事故から3日たっても韓国軍・国連軍司令部の調査団が爆発現場そのものに入っていなかったため、野党などから調査遅延への批判が強まりました。

特に、

・雨で証拠が流失するのではないか
・北朝鮮側に証拠隠滅の時間を与えるのではないか
・2015年の木箱地雷事件ではもっと早く現場調査をした

――といった批判が出ました。

これに対して軍は、今回の場所は2015年とは条件がまったく異なり、数十年間ほとんど人が入っていない未確認地雷地域で、MDLにも近く、追加地雷の危険が極めて高いと反論しました。

軍はこの時点で、負傷者の衣服や装備、爆発物の痕跡などを『国立科学捜査研究院』(国科捜)に精密鑑定依頼していました。

青瓦台も後に、調査遅延・隠蔽疑惑について、

「何か裏があるとか、隠しているとか、隠蔽するということは絶対にあり得ない」

――と否定しました。

●09月24~25日――合同調査TFを編成
合参の公式説明によると、24~25日に合同現地調査タスクフォース(TF)を編成し、

・現地投入時期の評価
・指揮・統制体制
・通信
・安全確保

などの準備を進めました。

25日には合同参謀本部議長が第25師団を訪れ、調査準備を直接点検しました。軍は「将兵の安全確保が最優先」と説明しています。

●09月26日――韓国軍・国連軍司令部がDMZに入り、事前準備
26日、韓国軍と国連軍司令部軍事休戦委員会など約20人がDMZ内部へ入りました。

これは本格的な事故原因調査そのものではなく、安全な移動経路の確保と作戦環境の確認、いわば予行作業でした。

この頃、無所属の韓東勲(ハン・ドンフン)議員は、国連軍司令部が早期調査を求めたのに韓国軍が拒んだ、と主張しました。

一方、軍・政府側は、調査開始時期は合参、国連軍司令部、現場指揮官による安全評価の結果だと説明しており、この点については双方の主張が対立しました。

●09月27日――事故6日後、合同現地調査を正式開始
27日、韓国軍と国連軍司令部が正式な現地調査を開始しました。


↑現地調査開始。

韓国軍作戦要員、国連軍司令部軍事休戦委員会関係者、調査機関など約40人規模で、地雷探知と新たな移動経路の確保を進めました。

しかし、現場は未確認地雷原で、調査要員の疲労も大きく、爆発地点そのものには到達できず、日没前に作業を終了しました。

●09月28日――調査が大きく前進。「北朝鮮軍の地雷の可能性が非常に高い」

28日、調査団は2日目の現地調査を実施しました。

約40人が入り、2回目の爆発地点の約2メートル手前まで到達しました。そこからさらに約2メートル先に1回目の爆発地点があると確認されました。

現場では2か所の小さな爆発孔を目視確認し、装備などを回収しました。

同日午後4時04分、国科捜から負傷者の装備などに対する第一次鑑定結果が軍に届きました。


↑29日の記者会見で明らかにされた資料。

防弾ヘルメット1点、防弾チョッキ2点から、

・TNT成分
・褐色系の異物

が検出されました。

一方、韓国軍側のTNT使用地雷なら大量に生じるとされる鉄製破片が確認されませんでした。
さらに、

・事故地域に韓国軍が地雷を埋設した記録がない
・2025年09月、近隣で北朝鮮軍の地雷埋設を疑わせる地形変化を確認していた
・爆発孔の形
・火炎の状況
・負傷状況
・現場要員の供述

――を総合し、合同謀本部は28日夜、

「今回の爆発原因は北朝鮮軍の地雷である可能性が非常に高い」

との中間結論を公式発表しました。

さらに「韓国軍の地雷ではないことは確実」としました。この時点で爆発は2発だったことも公式に整理されました。

また、事故当日の撤収時に工兵が、1回目の爆発地点から約1メートルの場所で、地中5~10センチほどに埋まった四角い物体を見たとの証言がありました。

証言では「木箱地雷に似た形状だが、滑らかな褐色のプラスチック製」というものでした。


↑これまでの北朝鮮が使用している地雷の説明。右は「木箱地雷」。これまでの木箱ではなく、プラスチック製の地雷を見た――という証言が出ていることは注目に値します。

ただし28日時点では、これはまだ目撃証言であって、現物確認には至っていませんでした。

姜信哲(カン・シンチョル)長官は同日、

「北朝鮮が最近埋設した地雷と最終確認されれば「相応の対応と措置を取る」

――と表明しました。

●09月29日朝――青瓦台が「調査遅延は政治的判断ではない」と改めて否定

大統領府は29日、現地調査開始が事故6日後になったことについて、

「合参と国連軍司令部が現場指揮官の意見を考慮し、純粋に軍事的判断で決めた」

――と説明しました。現地調査が迅速に進行しなかったことに対する釈明です。

また、李在明(イ・ジェミョン)大統領の国連演説や対北朝鮮政策に配慮して調査を遅らせたとの野党側の主張についても、「大統領の国連演説とは全く関係ない」と否定しました。

●09月29日――3日目の現地調査で、北朝鮮軍の地雷を実物確認
29日の3日目の合同調査で、大きな進展がありました。

韓国軍と国連軍司令部の調査チームは、爆発現場近くで北朝鮮の樹脂製(プラスチック製)対人地雷1発を実際に発見しました。

木箱地雷のプラスチック版が存在することが確認されました。証言の裏が取れました。ただし……。

合同参謀本部はこれを明確に、

「北朝鮮の樹脂製対人地雷」

――と発表しています。

しかも、この地雷は、21日の事故当日に将兵が撤収中に目撃したと証言していた地雷とは別のものと評価されました。

したがって現場には、

・実際に爆発した地雷2発
・事故当日に将兵が目撃した未爆発地雷1発
・29日に新たに実物確認された地雷1発

――の、少なくとも4発が存在した可能性が高くなりました。

この29日に発見された地雷は、爆発地点から約1メートル程度の近距離にありました。

現場の専門家は、地雷の状態から埋設されてから少なくとも1年程度経過している可能性を指摘しました。クォン・デウォン合同参謀本部次長も国会でこの見解を説明しています。

●09月29日――姜信哲(カン・シンチョル)長官が「北朝鮮の地雷」と認定
同日午後の国会国防委員会では、軍の公式評価がさらに踏み込みました。

「現在では北朝鮮軍の地雷であることは確実と言えるのか」と問われた姜信哲(カン・シンチョル)長官は、

「そうだ」

――と答えました。

また、複数の地雷が狭い範囲に集中していることなどから「流失地雷ではないのか」と問われると、姜長官は流失ではないとみていると答えました。

29日に新たに発見された地雷についても、

「埋設されたものだ」

と明言しています。

ただし、29日時点で軍は、今回の地雷が2025年09月に北朝鮮軍が「国境線要塞化」を進めた際に埋設したものか、それ以前から存在していたものかについては、さらに調査が必要としています。

姜長官はむしろ、29日に発見された地雷については、2025年09月の地雷列設置よりさらに前に埋設された可能性にも言及しています。

●同日――「明白な休戦協定違反」と判断
姜信哲(カン・シンチョル)長官は同じ国防委員会で、

「休戦協定違反であることは明白だ」

――と発言しました。

北朝鮮軍がMDL周辺で国境線を要塞化する過程で地雷を埋設したものとみており、責任は北朝鮮にあるとして、

「相応の措置を段階的に実施する」

とも明言しました。ただし具体的な対抗措置の内容は「作戦に関わる」として公開していません。

また、国連軍司令部との協力を継続し、最終的な調査結果を出したうえで国際社会とも連携して責任を問うとの方針を示しました。

●09月29日時点で「確定したこと」と「まだ未確定なこと」

29日時点でかなり明確になった事実は、

●事故現場がMDL南側約10メートル
●爆発は2回、韓国軍3人が負傷したこと
●韓国軍がその場所に地雷を埋設した記録がないこと
●国科捜がTNTと褐色物質を検出したこと
●鉄製破片がなかったこと
●現場から北朝鮮軍の樹脂製対人地雷が実物で発見されたこと
●韓国国防部が事故原因を北朝鮮軍の地雷と判断したこと

――です。

一方で、まだ最終確定していない点があります。

事故を起こした2発そのものの型式、正確な埋設時期、誰がどの時点でその場所に設置したのか2025年の北朝鮮の要塞化作業との直接的な関係、事故当日に目撃された「もう1発」の未爆発地雷の現物確認です。

そのため、韓国軍と国連軍司令部は29日以降も追加調査を継続し、共同評価を経て最終調査結果を発表する予定です。

総括すると、09月21日に「原因不明の爆発事故」として始まったものが、8日間で、

原因不明の爆発
⇒ 地雷爆発
⇒ 韓国軍の地雷ではない
⇒ 北朝鮮軍地雷の可能性が非常に高い
⇒ 北朝鮮軍の樹脂製対人地雷を現場で実物確認
⇒ 国防部長官が「北朝鮮軍の地雷」「流失ではなく埋設」「明白な休戦協定違反」と判断

――というところまで進行しました。

休戦ラインの南側で北朝鮮軍が埋設した地雷が韓国軍の将兵に被害を与えました。

(吉田ハンチング@dcp)

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