先にご紹介しましたが、大統領府の政策室長を務めた金容範(キム·ヨンボム)さんが電撃退任となりました。

↑韓国の経済政策を主導していた金容範(キム·ヨンボム)政策室長。2026年08月31日に電撃的に辞表を提出。李在明(イ・ジェミョン)さんは翌日に受理。速っ!
金容範(キム·ヨンボム)さんが自身のFacebookに「さよなら」の投稿を行いました。この投稿の対象は金容範(キム·ヨンボム)さんと一緒に働いた政策室のメンバーです。
以下に全文を和訳します。
今日、李在明(イ・ジェミョン)政権の初代政策室長として担った任務を終えました。
別途の退任挨拶に代えて、私と最も近くで一緒に働いてきた政策室の同僚たちに送った別れの挨拶を共有します。
愛する政策室の同僚の皆さんへ。
皆さんに書く別れの挨拶が一番難しいです。何度か書いては消しました。
1年3カ月の間、本当に多くの仕事を一緒にしてきました。朝に始まった会議が夜まで続いた日も多くありました。一つをようやく乗り越えると、また別の懸案が待っていました。
答えの見えない問題を抱え、一緒に悩んだ日がどれほどあったのか、数えることさえできません。それなのに不思議なことに、大変だったという記憶よりも、その時そばにいた皆さんの顔が真っ先に浮かびます。
政策室長を務めながら、私は自分の能力よりはるかに大きな責任を背負ったと思っていました。その足りないところを皆さんが埋めてくれました。私が見落としたものを見つけてくれ、私の考えが浅い時にはもっと先まで見てくれ、何か問題が起きれば、誰が先ということもなく自分のことのように駆けつけてくれました。
私は多くの注文もつけましたし、ずいぶん急かしもしました。皆さんにつらい思いをさせたことも少なくなかったはずです。それでも最後まで一緒に走ってくれました。ありがとう。そして、申し訳ありません。
私たちがやってきたことを、ここでもう一度並べ立てるつもりはありません。皆さんの方が私よりよく知っています。ただ、このことだけは言いたいと思います。
人々は不思議そうに、よく尋ねました。あれほど政策を直接取り仕切られる大統領に仕えながら、あの怒濤のように押し寄せる仕事を、どうやって全部やり遂げているのか、と。
私はいつも同じ答えをしました。私たちの政策室には、大韓民国最高の人材が集まっている、と。
お世辞で言ったのではありません。一つの政策が世に出るまでに、どれほど多くの苦悩と説得と調整が必要なのか、私は皆さんのそばではっきりと見てきました。
政策室が成し遂げた仕事は、皆さんが成し遂げた仕事です。私たちが作り上げた成果を誇りに思います。それ以上に、皆さんを誇りに思います。
これで私は先に去ります。
やるべきことは依然として多いですが、もう私が席を空け、次の人たちがまたそれぞれ自分の役割を果たしていく時だと考えました。
先に去ることで、皆さんにさらに荷物を背負わせるようで申し訳ない気持ちもあります。
それでも、それほど心配はしていません。皆さんがいるからです。私がいなくても、きっとうまくやれるでしょう。いや、ひょっとすると私がいない方が、もっと上手くやれるかもしれません(笑)。
外に出たら、皆さんがどれほど熾烈に仕事をしてきたのか、この政権の成果の裏にどのような人たちがいたのかを、もっとたくさん話していきたいと思います。これから皆さんが作り上げていく仕事についても、誰よりも一生懸命応援していきます。
ご存じのとおり、私は政府を離れ、かなりの時間がたってから再び戻ってきて、皆さんと仕事をしました。
振り返ってみれば、その長い時間を巡り巡って、私のキャリアの最後に皆さんと出会えたことは、本当に大きな幸運でした。良い人たちと、良い志を持って、思う存分仕事をすることができました。そして、皆さんを得ました。この1年3カ月の間に私が得た、最も大きな財産です。
一緒に仕事ができて、本当によかったです。
本当にありがとうございました。
皆さん、どうか健康で幸せにお過ごしください。
Money1でもご紹介してきたとおり、金容範(キム·ヨンボム)さんの唱える政策については(少なくとも筆者には)とても評価できるものではありませんでしたが――しかし、1年3カ月、政策室長という重責を担ったことは確かです。
金容範(キム·ヨンボム)さん、お疲れ様でした。どうか健康でお過ごしください。
(吉田ハンチング@dcp)






