1997年のアジア通貨危機時に韓国は、事実上のデフォルトを起こしました。
『IMF』が進駐軍よろしく南朝鮮に乗り込み、経済の立て直しを行いました。韓国メディアでは、この件を「IMF危機」と呼称し、時に『IMF』のことを死神と呼びます。
それだけこの時のデフォルト騒動がトラウマになっているのですが、同時に韓国の皆さんは「IMF危機からも韓国は急速に立ち直った」と胸を張ります。しかし、その立ち直れた理由というのが、割と情けないものだったらどうでしょうか。
急速なウォン安が経済を救うことになった
まず、以下をご覧ください。
アジア通貨危機時、1996年01月~1998年12月の月次で「ドルウォンレートと貿易収支」をプロットしたグラフです。ドルウォンレートはその月の終値を使っています。
一目瞭然ですが、韓国の危機が懸念され、韓国から資金流出が加速してウォン安が進行。これに遅れて貿易収支(輸出 – 輸入)が急速に回復。
韓国は過去も現在も貿易収支が十分に大きくないと経常収支が黒字にならず、外貨準備が積めません。
このとき、韓国のウォン安が急速に進行して、皮肉なことに輸出品の価格戦闘力が回復。
輸出が捗って貿易収支が大きくプラスに転じ、これで外貨が積めるようになったのです(ただし独力でドボン騒動から回復したわけではなく、デフォルトから脱出できたのは『IMF』の用意した550億ドルという法外な資金供与のおかげです)。
ウォン安が韓国経済を救った例ではあるのですが、これではまだ一側面の説明でしかありません。
つまり、貿易収支は「輸出 – 輸入」で求めますが、輸出を伸ばした効果の説明ではあるのですが、一方の輸入でも韓国を(皮肉にも)救う事態が起こっていたのです。
事実上の国家破綻によって、輸入(外国から見ると輸出)の貿易信用状が得られなくなっていたのです。
信任状が得られず輸入が減った!
真田幸光先生の論文から一部を以下に引きます。
(前略)
ところで、外貨準備の増加の背景には、主に貿易収支、資本収支の改善が挙げられる。特に貿易収支の改善は顕著で、97年の84億ドルの赤字から一転、98年に390億ドル、99年には239億ドルの大幅黒字を記録、これを原資に外貨資金を貯め込んだのである。
巨額の黒字に転じた主な理由としては、以下の2点があげられる。
(1)98年には国家の信用力が失墜し、貿易信用状を開設できない状況となり、輸入が急減した(97年比35.5%減の933億ドルとなっている)。
一方輸出在庫品を輸出して(98年の輸出は前年比2.8%減の1323億ドル)外貨預金を獲得し、この輸出入のギャップが貿易収支黒字をもたらした。
(後略)⇒参照・引用元:『韓国経済の解剖 -先進国移行論は正しかったのか-』編著:松本厚治・服部民夫,文眞堂,2001年07月30日 第1刷第1版 発行,p248)
輸入の方では、貿易信用状が得られなくなっており、そのため韓国の輸入が減少(そんな信用が失墜した国に輸出して代金が回収できるのかと考えるのは当然)。
貿易収支は「輸出 – 輸入」で求めますから、輸出が増えて輸入が減れば、当然貿易収支はこれまでになく黒字に傾きます。
真田先生の指摘はさすがという他ありません。韓国が1997年にドボン騒動を起こした際にインベスト・バンカーとして実際の業務に当たっていらっしゃったからこそです。
つまり、韓国は信用が失墜したことで起こった、「急激なウォン安」と「貿易信用状の喪失」によって黒字に転じ救われたことになるのです。
あまり胸張って「韓国は急回復した」とは言えない話ではないでしょうか。そもそも野放図に外債を急増加させたのが原因ですし。
(吉田ハンチング@dcp)