1年前に起こった韓国での飛行機事故の件です。
2024年12月29日、韓国の務安空港で『済州航空』の旅客機(7C 2216便:タイ・バンコク発)が胴体着陸を行い、179人が死亡する大事故が発生しました。
ランディングギアが出さないまま胴体着陸を試み、滑走路をオーバーランしてローカライザーに突入して爆発炎上。
2025年12月29日、一周忌ということで、全羅南道務安郡務安国際空港旅客ターミナルで「12・29旅客機惨事一周忌追悼式」が行われました。
事故発生時刻である09:03に1分間の黙祷が行われ、追悼のサイレンが鳴らされました。
『済州航空惨事遺族協議会』の代表であるキム・ユジンさんは追悼の辞で、
↑「12・29旅客機惨事一周忌追悼式」での様子。「2024年12月29日午前09時03分、その時間は今も私たち遺族の人生の中で止まっている」
「事故当日の国家の不在、収拾にのみ汲々としていた対応、調査過程から排除された遺族、末端で止まった責任、形式的な再発防止対策が繰り返された」
「過去1年の記録は、謝罪0件、資料公開0件、責任者拘束0件だ」
「国政調査が資料公開の始まりとなり、正しい調査へと転換される明確な出発点になることを願う」
――と述べました。「謝罪0件、資料公開0件、責任者拘束0件」というのは、他罰主義の韓国らしい言葉です。お気持ちは理解できますが、政府が開催した報告会を中断させたのは遺族の皆さんです。
Money1でもご紹介しましたけれども、2025年07月19日に開催された調査内容を公開し、記者会見を行う予定だったのですが、「『12・29済州航空旅客機惨事』の遺族が、19日午後4時ごろ、務安国際空港管理棟3階の大会議室に設けられたブリーフィングルームに飛び込み、エンジン精密調査結果の発表を中止するよう泣き叫んだ」(『毎日経済』の記事より引用)ために、国土交通部はマスコミに配布したエンジン分析結果の報道資料を回収し、ブリーフィングを中止したのです。

遺族が「エンジン調査結果に対する事故調の説明が不十分で、調査内容も一方的だとして、報道機関への大々的な公開に反対」したので、いまだに調査結果が公開されていません。
遺族の皆さんが、当時の資料のどこを「説明不十分」としたのか、「調査内容が一方的としたのか、元資料が回収されたため、今もって不明です。
『東亜日報』は「事故原因に関連する一部の表現において、まるで最終結論に達したかのように断定的に解釈されうる文言があった」と書きました。
事故現場で回収されたエンジンは2基ともフランスの製造会社『CFMインターナショナル』に送って調査されていますし、合同調査には『メーデー』でおなじみ、『NTSB』(アメリカ国家運輸安全委員会)、『BEA』(フランス航空事故調査局)も参加しています。
国際的な事故調査なわけで、「一方的な調査結果」が出るとはとうてい考えられません。
ブラックボックスである「CVR(コクピットボイスレコーダー)」と「FDR(フライトデータレコーダー)、および管制記録、そしてフランスで実施された「エンジン精密調査報告書」の全面公開は少なくとも行うべきではないでしょうか。
現在、この事故について以下のようなことが分かっています。
まず韓国の事故調(航空鉄道事故調査委員会=ARAIB)は、CVRとFDRの両方で最後の4分間のデータが記録されていなかった――としています。
2024年12月29日午前08時57分50秒
管制塔から事故機に対して鳥の活動に注意するよう警告その36秒後にバードストライクが発生
衝突直後、両エンジンは振動を起こしながらも作動していた。右エンジンではサージ(異常燃焼)が発生していたが推力はあった。
「韓国の事故調は『機体が胴体着陸する直前まで右エンジンの出力は飛行可能なレベルで維持されていた』と示した――と報道があります。
⇒この見解が正しいならゴーアラして着陸できたはずです。エンジンが1発でも飛行できるように設計されているからです。バードストライクから19秒後、パイロットは非常手順を実行し、左エンジンを停止させた。
⇒つまりマシだった方の(左)エンジンを止めたことになります。それでも右エンジンが飛行可能なレベルで維持されていたなら、ゴーアラして着陸できたはずです。
「韓国の事故調が『右エンジンの発電装置(IDG)が分離されていたことが判明した。パイロットがIDGを直接切ったと見られる』という見解を示した」――と報道があります。
⇒これによって電源を喪失してランディングギアが出なかったというのですが、ランディングギアは手動でも下ろせます。
遺族の皆さんが泣き叫ぶ気持ちが分からないでもありませんが、感情的になっても事実は明らかになりません。「責任者を吊るせ」と言う前に、事実を解明することの方が先でしょう。
(吉田ハンチング@dcp)







