【韓国の独立歌】独立門の自由の鐘が鳴る時まで ⇒ 鐘なんか「ない」ってば。

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休日なので、読み物的な記事を一つ。

現在の日本人はほとんど知らないのですが、『東京節』という曲があります。

これは一種の替え歌で、原曲はアメリカ合衆国産です。

Henry Clay Work(ヘンリー・クレイ・ワーク)が南北戦争末期の1865年に作った――

Marching Through Georgia
(ジョージア行進曲)

――です。1864年のウィリアム・T・シャーマン将軍による「海への進軍」を題材にした北軍の歌です。

合衆国議会図書館には、Root & Cady、Chicago、1865年と明記された当時の楽譜が現存しています。したがって原曲については疑問の余地がありません。

この曲の特徴的な、タッタ・タッタ・タッタ……というリズムと、後半の一気に盛り上がる行進曲的な旋律が、その後世界中で替え歌を生むことになります。

日本では1918年の『東京節』の前に、少なくとも1892年(明治25)には、『ますら武夫』という日本語軍歌になっています。

1892年の時点で日本人はすでに『Marching Through Georgia』を日本語軍歌として歌っていた
わけです。『東京節』より四半世紀以上前です。

さらに、日本のキリスト教伝道者三谷種吉が『Marching Through Georgia』に日本語の歌詞を付けました。題名は『皆進め』です。

我らのいくさは 肉ならず
我らのいくさは 人ならず
我らは惡魔とたたかひて
罪よりはなるべし

そしてリフレインが、
皆進め もろともに
皆歌へ もろともに
惡魔の軍勢とたたかひて
かちどきあぐるまで

です。実は、この『Marching Through Georgia(ジョージア行進曲)』を原曲とする替え歌が韓国にもあります。

2022年のキム・ミョンソプさんの研究によれば、『新興武官学校校歌』が『Marching Through Georgia(ジョージア行進曲)』を借用したことを明確に確認しています。

そして『新興武官学校』出身者が各地の独立軍へ散っていく過程で、この旋律も広がりました。『民族問題研究所』は、この旋律を使った抗日歌だけで19曲確認されていると紹介しています。

韓国で『独立軍歌』として知られている曲もまた『Marching Through Georgia(ジョージア行進曲)』を原曲とする替え歌の一つです。

同曲のリフレインは――、

나가 나가 싸우러 나가
나가 나가 싸우러 나가
독립문의 자유종이 울릴 때까지
싸우러 나가세

――です。日本語にすれば――、

進め、進め、戦いに進め
進め、進め、戦いに進め
独立門の自由の鐘が鳴る時まで
戦いに進もう

――になります。上記の日本語の『皆進め』に歌詞がとても良く似ています。系譜を整理すると以下のようになります。

1865年
Henry Clay Work
《Marching Through Georgia》
│
┌─────┴─────────────┐
│ │
▼ ▼
日本へ伝来 世界各地へ伝播
│
├─1892『ますら武夫』
│
├─1900/01 三谷種吉『皆進め』
│ │
│ ▼
│ 朝鮮語キリスト教賛美歌
│ 《우리들의 싸울 것은》
│ │
│ ▼
│ 朝鮮の愛国唱歌・抗日歌
│ │
│ ┌──────┴──────┐
│ ▼ ▼
│ 新興武官学校校歌 各種独立軍歌
│ │ │
│ └──────┬──────┘
│ ▼
│ 『독립군가』
│ 「신대한국 독립군의…」
│
└─1918/19年
添田知道(添田さつき)
『東京節』
(パイノパイノパイ)

ここまで調べると、単純に「韓国の独立軍歌はアメリカ軍歌の替え歌だった」だけではない――ことが分かります。

非常に皮肉な歴史になっています。

合衆国北軍の軍歌
⇒ 日本のキリスト教賛美歌
⇒ 朝鮮語賛美歌
⇒ 日本からの独立を目指す抗日軍歌

――という「旋律の転用」が起きた可能性が高いわけです。

ただし、独立軍歌の歌詞「独立門の自由の鐘が鳴る時まで」については、「ちょっと待て、おい」です。「独立門」は、清国からの独立を記念して1897年に建設されたものです。

しかも独立門には「鐘」なんかありません。

(吉田ハンチング@dcp)

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