韓国が日本の「輸出管理強化」についてWTO(World Trade Organizationの略:世界貿易機関)に提訴し、パネルが設置されることになりました。パネルというのは「案件を審理する小委員会」のことで、下世話にいえば「裁判をやるよ」です。
日本からすれば「パネルを設けること」自体がおかしいのですが、決まってしまったので受けて立つしかありません。
実際に審理が始まるのは先ですが、『中央日報(日本語版)』に「WTOで日本に勝訴、GATT第21条にかかった」という、「?」なタイトルの記事が出ました(元は韓国メディア『韓国経済』の記事)。
まるですでに「日本に勝訴した」ようなタイトルですが、これは「WTOで日本に勝訴できるかどうかは、GATT第21条が適用されるかどうかにかかっている」という意味のようです。
同記事から一部を引用します。
(前略)
GATT第21条は必須の国家安全保障保護のための場合に限り輸出規制を例外的に許容している。日本はこれを念頭に「安全保障上の措置」という主張を繰り返している。7日にWTOホームページに掲載された会議要約によると、日本は先月29日にWTOで「軍事用に転用可能な品目に対し国際的慣行に基づいて輸出を統制したもの」と主張した。
GATT第21条は国際通商舞台ですでに「問題条項」に挙げられている。米国などが自国の安全保障を理由に各種貿易規制を断行しているためだ。
問題はGATT第21条と関連したWTO判定が1995年のWTO発足以降1件にすぎないということだ。
(後略)
※赤アンダーライン、強調文字は筆者による(以下同)
WTOでは、貿易において「これは例外」「あれは例外」と、何でもかんでも例外扱いして関税を不当にかけたり、特別なルールを適用する国がないように、「例外措置を行う際には正当な理由を示すこと」と定めています。
これなら例外も認めるよ、と「正当化できる理由」について定めたのが、GATT第20条、第21条です。
GATT第21条は「安全保障に関わることは例外措置の正当な理由である」と定めている
『中央日報(日本語版)』の記事で触れている第21条は以下です。
この協定のいかなる規定も、次のいずれかのことを定めるものと解してはならない。
(a)締約国に対し、発表すれば自国の安全保障上の重大な利益に反するとその締約国が認める情報の提供を要求すること。
(b)締約国が自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認める次のいずれかの措置を執(と)ることを妨げること。
(i)核分裂性物質又はその生産原料である物質に関する措置
(ii)武器、弾薬及び軍需品の取引並びに軍事施設に供給するため直接又は間接に行なわれるその他の貨物及び原料の取引に関する措置
(iii)戦時その他の国際関係の緊急時に執る措置(c)締約国が国際の平和及び安全の維持のため国際連合憲章に基づく義務に従う措置を執ることを妨げること。
面倒くさい文になっていますが、要は以下のような主旨です。
(a)は「自国の安全保障に関わるような情報を出してくれと、WTOは要求しているわけじゃないよ」
(b)は「自国の安全保障に関わるような取引については独自の措置(上掲の(i)~(iii))を執っても構わないよ。WTOはそんなことまで求めないよ」
(c)は「国際平和に関わったり、国連憲章に背くようなことをしてくれとWTOは要求しないよ(そのような場合はWTOのルールに従わなくてもいいよ)」
まだ面倒くさいかもしれませんが、要は、(a)項は「何が自国の安全保障に関わるかは、自国の裁量で判断できるよ」といっています。「それがなぜ自国の安全保障に関わるかどうかの情報を出す必要はない」ので。
アメリカ合衆国から、今回のパネル設置について「日本の安全保障は日本だけが判断できる」旨の発言がありましたが、これは第21条(a)項に則ったものです。
つまり、(a)項の規定よって、「これは自国の安全保障に関わる」と判断するのはその国の裁量で行え、(b)項によって「その判断に基づいて独自の措置を取ること」はWTOから規制は受けない、というわけです。さらに(a)項の規定によって、(b)項の(i)(ii)(iii)についてどのように安全保障に関わると判断をしたのかも明らかにする必要がありません。
つまり、GATT第21条の規定は、「安全保障が国家にとって死活的に大事である」という認識に立って、国に大きな裁量権の幅を与えているというわけです。
もちろん、日本が輸出管理を強化した「フッ化水素」は、核爆弾の原料となるウランの精製過程で使われる物質ですので、まさに(b)の(ii)に該当しますけれども。
韓国のロビー活動には注意! ヘンな判事にも
というわけで、うがった見方をすれば『中央日報(日本語版)』の記事は「負けそう」だからこそ、このような記事を上げたのではないでしょうか。普通に考えれば、日本がこの提訴で負けるはずはないと思われるのですが……。
もし日本が負けるとしたら、アメリカ合衆国への反発から、日本を負けさせて「安全保障をたてに特例措置を設けるのはいかん」とアピールしたい、などと考える判事がGATT第21条を度外視した場合でしょう。
つまり、日本がスケープゴートにされるケースです。
ですので、韓国のロビー活動には十分な注意が必要です。中国に浸透されたとされる「WHO」(World Health Organizationの略:世界保健機関)みたいな例もありますし。
※例外措置の「正当化事由」について、非常に詳細に書かれた文書を「日本国 経済産業省」がネット上で公開しています。もし、ご興味があればぜひ以下のリンクを参照くださいませ。
⇒参照・引用元:『日本国 経済産業省』「第4章 正当化事由」
(柏ケミカル@dcp)