なぜ韓国は「こんなこと」になってしまったのか。

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2026年04月現在、韓国は左派・進歩系『共に民主党』による独裁が進行しており、自由民主主義国ではなくなりつつあります。

国会の過半数は『共に民主党』が占めており、大統領は前科四犯ので元『共に民主党』党首を努めた李在明(イ・ジェミョン)さん。

国会で可決した法律に対して大統領が拒否権を発動しませんので、『共に民主党』が好き勝手な法律を作れ、誰もこれを止められません。

制動を掛けられるのは司法だけですが、『共に民主党』は三権分立を解体するための法律を通過させ、まさにやりたい放題です。

韓国大統領に成りおおせた李在明(イ・ジェミョン)さん自身が「国民に選ばれた権力(つまり大統領や国会議員)は司法に優越する」旨の発言をしており、三権分立を崩壊させてもまったく意に介してはいません。

一方で自分たちに異論を挟むメディアを制御するためのシステム作りも進めており、もはやメディアにも期待できません。

21世紀になったというのに、「このようにして自由民主主義国は独裁国に落ちていくのだ」――を体現しているのが韓国という国です(現在進行形)。

信じられない話かもしれませんが、21世紀にもなって日本の斜め上にある国で、まるで時間軸がずれたような政治状況が現在進行しているのです。

――では、なぜこんなことになったのでしょうか。

知的壮士を気取った相対化できていない連中が……

端的にいえば、この転落を主導している「386世代」の人こそが原因です。

386世代というのは、(この言葉が生まれた当時の)現在30代、1980年代に大学生で、1960年代生まれ――という言葉です。

2026年現在では50歳代~60歳前後になっていますから、「586世代」あるいは「686世代」とでも呼ぶべきかもしれません。

要するに80年代に学生運動を担った世代です。

問題は――学生運動を担ったのはどのような連中だったのか――です。

このポイントを理解するための助けになる本をご紹介します。1986年に日本で刊行された『韓国を読む』という本です。

この本は、2026年04月04日現在読んでも(いろんな意味で)面白い本です。

それもそのはず錚々たるメンバー――尹学準・黒田勝弘・関川夏生――が一同に会した本で、韓国ウォッチャーに多角的な視野を与えてくれます。


↑特に見どころは冒頭の鼎談です。「潜水艦で来たよ」でおなじみの尹学準先生、現在も韓国でクラス黒田勝弘先生、傑作『ソウルの練習問題』の関川夏生先生が集った贅沢な内容。

1986年に刊行されたので、韓国は全斗煥(チョン・ドファン)大統領の時代でソウルオリンピック開催直前。韓国で民主化デモが華やかなりし頃。

つまり、2026年現在の韓国を左派・進歩系独裁に陥らせている張本人たちが大学生で、それこそ実際に火炎瓶を投げていたころです。

ちょっと長くなるのですが、以下に注目ポイントを引用します。

学生運動とピョスル意識

黒田
ここでちょっと学生運動についてふれてみたいと思いますが、関川さん、どうですか。たとえば、学生運動の印象を含めて、とくに日本と違うなという点はありますか。

関川
素人としての意見なんですが、学生たちの運動というのは、いい大学の学生運動でないといけないとまずいんだなと。

つまり、いい大学の学生しか学生運動は許されない。一種の特権的な行為に近いんじゃないかと感じるわけです。

やはりアメリカ文化センター占拠事件にしてもちゃんと大学名が、もちろん日本でも出ますが、さらに目立つ形で出まして、あれを見ますとちゃんと偏差値順になっていて、その量も大体偏差値順に分布しております。

これは今急速に増えている韓国の大衆的大学の大衆的学生にはあまり関係のない運動ではないのか、というふうな気がしましたけれども。


それは言えますね。デモをやらないと一流大学として認められない。

黒田
僕がソウルにいたときに、日本からよく客が来ると都心の大学めぐりをさせたんです。

大学めぐりをしていて、彼らは気がつくわけです。

それは何かというと、地方大学でもかなりそういう傾向ではありますが、大学はみんな市街地より高いところにあるんでですね。


睥睨へいげいする場所ね。

黒田
ほとんどそうですね。延世大学もそうだし、高麗大もそうだし、梨花女子大もそうだし、ソウル大は山奥だからちょっと違いますが、それから地方の大学もそうなんですね。

もちろん、いろいろな物理的、あるいは経済的条件等からそうなる場合があるわけですけれども、やっぱり上から下々を見下ろしているというところがあって、かつ象牙ぞうげの塔みたいな感じが非常にしますね。

関川
韓国は五〇年代の初めに非常に大きな価値観の転換を強制されたわけですが、その後三〇年ちょっとにわたって、大衆社会での価値観の転換というか、劇的な体験を経てないのではないかと。

たとえば、日本でも西欧的世界でも軌を一にして一九六八年ごろに社会全体が小規模な文革と言われるものを味わわざるを得なかったわけですが、韓国はその時期にはそのような場所にはいなかった。

ところが、韓国がそういう時期にいたったはずの今ごろには世界のほうがそのような趨勢すうせいにはない。

ということで、どうも学生たちは価値観を相対化していないのではないか、相対化しないままに義という絶対のために、そしてある種の特権――まあ、ちょっと毒のあるいいかたですけども、知的壮士の運動として政治活動を捉えているのではないかというふうな気がしています。

黒田
たとえば、彼らに話を聞くと、反政府運動をやっていて、じゃあ、どうすればいいんだというと「おれたちがやる」という答えが返ってくる。

つまり、「おれたちが権力を取ってやればうまくやるんだ」と、はっきりそういうふうに言う連中がいたりしまして、学生運動は、反政府、反体制運動ではあるけれども、非常に権力志向が強いと思いましたね。

だからネアカですね。


とくに有名校なんかはみんなそうなんじゃないかな。

今度、僕が行った時、六親等の弟分に当たる親戚が一年浪人をしてソウル大学に入ったんですよね。

そうすると、大変なんだな。

我が家でソウル大学に入ったのは解放直後に一人いたきりで、四〇年ぶりのソウル大生なんだけど、みんな「科挙に受かった」というふうな意識なんだ。

黒田
直接、「科挙」という言葉を使うんですか。


使うんですよね。「及第したクプチェヘッタ」「及第」は「科挙」と同意語として使われるんです。

「クプチェハンチャリナッタ」(科挙に一人合格した)というふうにね。

それに、人間の意識構造はなかなか変わらないもので、現政権の官位を李朝時代のピョスル(官位)に代替して考えないと気がすまぬらしい。

たとえば大統領の秘書官だと、あれは正三品・堂上官だ、とね。
(後略)

⇒参照・引用元:『韓国 こんなに知らないとなりの国』編集:尹学準・黒田勝弘・関川夏生,株式会社綜合社,1986年02月25日 第一刷発行,pp22-24

「おれたちがやればうまくいく」という根拠のない自信が……

ご注目いただきたいのは、学生運動を担う学生たちが、

価値観を相対化できていないママに、義という絶対のため、ある種の特権を行使する知的壮士のように」振る舞っている――という関川先生の指摘。

さらに黒田先生の――

おれたちが権力を取ってやればうまくやるんだ」とハッキリ言う連中がいて、「非常に権力志向が強い」――という指摘。

このようなかつての学生運動の担い手が年齢を重ね、社会の「エライさん」連中となって「非常に権力志向が強い」独裁化を進めた結果――「こんなことになっちゃった」のです。

しかもタチが悪いこと「自分たちは正しい」と信じ込んでいます。

2026年現在から見て「韓国の転落もむべなるかな」と思わされる、1986年の関川先生と黒田先生の重要な指摘です。

現在、韓国では学生運動は民主化の原動力として高く評価されていますが、はた(日本)から見ていても、「本当にそうだったのか」という懐疑的視点がまったく足らないように――実にあやうい感じがします。

先にご紹介したとおり、光州事件について異論を挟むと法律違反――みたいな状況になっている韓国。韓国の皆さんはよく平気なものです。

韓国に対する愛などないので知ったことではありませんが。

(吉田ハンチング@dcp)

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