韓国の『双竜自動車』の件です。先にご紹介したとおり、事実上破綻した『双竜自動車』と優先買収先になった電気バスメーカー『エジソン・モータース』との間でやっと本契約が締結されました。
買収履行補償金である「買収金額3,048億ウォン(約293億円)の10%」も納付が終了しましたので、買収作業は次のステップに進んでいます。
『双竜自動車』はとにかく赤字続きでキャッシュがありませんので、『エジソン・モータース』は500億ウォン(約48億円)を緊急投入することにしました。
ただし、これは貸与です。また、『エジソン・モータース』のカン・ヨンクォン会長は、使途目的はきっちりチェックし、承認しなければ使うことを許さない、とのこと。
なにせ2021年第3四半期の時点で19四半期連続赤字の会社ですから、これぐらいきっちりチェックしないといけないのでしょう。
それはいいのですが、問題はむしろこれからといえます。
韓国メディア・自動車業界では、『双竜自動車』の運営費として1.3兆ウォン(約1,248億円)が必要とされており、概ね正しいと見られるからです。
1.3兆の資金をどこから集めるのか
これから『エジソン・モータース』は、
②買収資金、運営資金を用意すること
③事業計画(再生プラン)の作成
(事業計画の提出期限は2022年03月01日)
という3つの課題に取り組まなくてはなりません。
特に③の事業計画の作成は重要です。
これが現実的なものでなければ、①の債権団を説得できませんし、②の資金集めにも関わります。
『双竜自動車』はコンソシーアムを組んで優先買収先となりましたが、コンソーシアムから『キーストーン・プライベート・エクイティ』が抜け、残っている投資ファンドは『KCGI』だけです。
まずは買収資金です。『双竜自動車』は10%を買収履行補償金として積んだだけで、買収のための資金は支払っておりません。これが用意できるのかがまず問題です。
もともとは『キーストーン・プライベート・エクイティ』がフィナンシャル・インベスターとして買収資金の1,050億ウォン(買収資金として550億ウォン + 運営資金500億ウォン)を用意する予定だったのですが、同ファンドは投資を撤回。
残った『KCGI』がフィナンシャル・インベスターになって『キーストーン・プライベート・エクイティ』の分も引き受けるとなっているのですが、これが本当にできるかどうかです。
さらに、何度もご紹介している「公的債務」を直ちに支払えるのかが問題です。
公的債務というのは、『双竜自動車』の未払いの税金、従業員の給与などです。これらは公的な性格の強い債務で、『双竜自動車』の買収者は直ちに支払わなければなりません。
『双竜自動車』の公的債務は7,000~8,000億ウォン(約672~768億円)あるといわれています。
このような公的資金に加えて『双竜自動車』の運営資金です。で、もともろ合計で「1兆3,000億ウォンはいるだろう」というわけです。
これをどこから持ってくるんだ、という話です。
『産業銀行』の会長が怒って「LBO」ができなくなった
先にご紹介していますが、『エジソン・モータース』は『双竜自動車』の資産(具体的には工場や土地)を担保に『産業銀行』から8,000億ウォンを借り入れるつもりでした。
これについて、「まだ自分のものでもないものを担保にして資金を借りるなんて無茶苦茶だ」という人がいますが、それはM&Aについて何も知らない人のご意見です。
会社買収では「LBO」という手法があって、日本でも『ソフトバンク』が『ボーダフォン』を買収した際に「LBO」が使われています。
『ソフトバンク』は、これから買収する『ボーダフォン』を担保に銀行シンジケートから1兆円以上の資金を借りました。
MBO:Management Buy-Out(マネジメント・バイアウト)の略。買収先の企業の資産、キャッシュフローを担保に資金調達することは同じですが、買収先の企業が自社の場合、すなわち経営陣が自社の経営権を得るために行われます。これを従業員が行う場合には「EBO(Employee Buy-Out)」と呼んだりします。
「LBO」は手持ち資金の少ない小さな企業が大きな企業を飲み込むときに使われる手法で、恐らく『エジソン・モータース』の会長もこれを想定していたと思われます。
『産業銀行』の李東杰(イ・ドンゴル)会長は『エジソン・モータース』のカン会長のプラン、発言に激怒して「貸してやらん」旨の発言をしていますが、これは先にご紹介したとおり、カン会長が「貸してくれるよね」「『産業銀行』ならやってくれるはず」といった、自分の思惑を既定路線のように語ったからです。
先の記事でも述べましたが、『産業銀行』は債権者なのです。お金を取り立てる立場です。そこに追い貸しを頼むような計画を、しかも既定路線のように語られたら会長が怒って当然です。
問題は、この騒動で『産業銀行』からの資金調達が難しくなったことです。『産業銀行』がお金を貸さないのであれば他の金融機関も二の足を踏むでしょう。
で、焦点は「1.3兆ウォンをどうやって調達するのか」になります。
『産業銀行』も鬼ではありませんし、事業計画がきちんとしていれば資金を出すこともやぶさかではないでしょう。なにせ国策銀行で、企業をなんとかするのが仕事です。
筆者は昔『日本興業銀行』の方にお話を伺ったことがありますが「うちが入って飛んだ会社はないんだ。会社をなんとかして日本を発展させるのがうちの誇りなんだ」とおっしゃっていました。恐らく『産業銀行』にもそのような誇りを持つバンカーがいらっしゃるでしょう。
これも先に述べましたが、電気自動車をリリースしていない『双竜自動車』と電気バスのスタートアップ『エジソン・モータース』を合併させるという絵図自体は決して悪くありません。
この先合併がうまく進むのかどうかにご注目ください。
(吉田ハンチング@dcp)