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北朝鮮が70年たっても「まだ」ウソを言っている。朝鮮戦争を起こしたのは「あなたたち」だよ

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朝鮮戦争は、1950年06月25日、北朝鮮軍が38度線を突破して開始されました。

これを記念してのことでしょう。2020年06月26日、北朝鮮メディア『わが民族同士』で「世界を驚嘆させた卓越した戦略――即時の反激戦」という文書が公開されました。

同文書の中で「朝鮮戦争は南朝鮮側が攻め込んだもので、北朝鮮は反撃しただけ」というウソを、まだ主張しています。

以下に全文を引用します。

チュチェ39(1950)年6月25日(日曜日)、米国の対朝鮮敵視政策によって朝鮮半島では戦争が起こった。

未明4時、38度線の全域にわたって大規模の武力侵攻を開始した侵略の群れは、戦争の炎を拡大しながら朝鮮領内の1~2キロの深さにまで攻め込んできた

世人は、創建されてから2年もならない朝鮮民主主義人民共和国を憂慮の視線で見守った。

まさに同日、金日成主席は重大な当面の情勢に対処して内閣非常会議を開いた。

主席は、敵の侵攻を挫折させ、即時的かつ決定的な反撃戦を開始して武力侵犯者を掃討することについて言明した。

今後、戦争の行程には多くの難関がありうる、私たちはどのような難関にぶつかってもそれを勇敢に乗り越えて必ず、戦争の最後の勝利を収めなければならないと熱烈にアピールした。

朝鮮人民軍が侵略武力より数的に少ない状況の下で、不意に襲いかかった敵に遅滞なく威力ある決定的打撃を加えながら、反撃戦に移行するということは既成の軍事教範から見る時、想像すらできないことであった。

鉄の胆力と度胸を身につけた主席は、祖国の独立と自由、民主主義を守るために手に武器を取って立ち上がった勤労人民と勤労人民の息子と娘で組まれた人民軍を固く信じた。

主席が打ち出した卓越した戦略に従って、全前線では反撃戦が繰り広げられた。

同日、勇敢な人民軍部隊と警備隊は神聖な祖国の領土を侵犯した侵略者をたった数時間内に撃退し、疾風のごとく南に進撃した。

これについて平壌に滞在していた外国人らは、これは古今東西のどの戦争史にもないことである、これは現実化された奇跡であると驚嘆を表した。

⇒参照・引用元:『わが民族同士』「世界を驚嘆させた卓越した戦略―即時の反撃戦」

赤アンダーライン、強調文字は筆者による

「鉄の胆力と度胸を身につけた主席」という表現が読む者をしびれさせます。「度胸」なんて言葉はあまり使わない方がいいのではないでしょうか。

それはともかく、さすがに2020年にもなってこんなウソを信じている人はいないでしょうが、北朝鮮がいまだにこのような内容の主張をしているというのは驚きです。

事実は全く逆で、「38度線の全域にわたって大規模の武力侵攻を開始した北朝鮮軍の群れが、戦争の炎を拡大しながら韓国内の1~2キロの深さにまで攻め込んだ」のです。

先にご紹介した萩原遼先生(1937年-2017年)が、アメリカ合衆国公文書館に眠っていた「合衆国が朝鮮戦争時に奪取した文書」約160万ページを調べ、その結果、朝鮮戦争は北朝鮮の金日成が周到な計画の下に奇襲で始めたことが明らかになっています。

朝鮮戦争が「金日成の起こした戦争」であることに間違いはありません。

それどころか、萩原先生の調査によって北朝鮮軍の各師団が行動開始直前にどのように配置されていたのかすら分かっているのです。

北朝鮮の考え方は70年たった今も全く変化していないことが、この公開された文書から分かります。

ちなみに、北朝鮮メディア『わが民族同士』は日本人読者も意識しているようで、記事は日本語版も用意されています。

もしご興味があればアクセスしてみてください。

また、萩原先生の著作『金日成とマッカーサーの陰謀 朝鮮戦争』(文春文庫,1997年)はぜひご一読ください。朝鮮戦争がどのように始まったのかについて詳細に知ることができます。

(柏ケミカル@dcp)

日本人の国籍が「5,000円」で買えた時代があった……そうです
萩原遼さん(1937年-2017年)をご存じでしょうか? もともと日本共産党党員で、『赤旗』特派員として北朝鮮の首都・平壌で暮らした経験もありましたが、その後、共産党・『赤旗』と袂を分かち、ジャーナリストとして北朝鮮問題に取り組んで...
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