韓国「朴鍾哲拷問致死事件」とは何か?

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土曜日ですので、読み物的な記事を一つ。

かつて学生運動で火炎瓶を投げていた皆さんが、現在の韓国を牛耳り、左派・進歩系人士による独裁政権の様相を呈していますから――現在の韓国を知るためには過去を知らなければなりません。


↑「スターバックス」不買運動に絡んで정용진 사퇴(鄭溶鎮(チョン・ヨンジン)辞任しろ)、신세계 OUT(新世界 OUT)のプラカードを掲げる皆さん。『新世界グループ』が『スターバックスコリア』の株主であり、同グループの会長が鄭溶鎮(チョン・ヨンジン)さんだからです。

先に世にもあほらしい『スターバックスコーヒー』の不買運動を繰り広げる韓国の皆さんについてご紹介しましたが、同社を非難する言葉の中に「朴鍾哲(パク・ジョンチョル)拷問致死事件を想起させる」というものがありました。

韓国で世にもあほらしい『スターバックス』不買運動 ⇒ 5.18をバカにする奴は許さない。
世にもあほらしい出来事が韓国で起こっています。コーヒーチェーン『スターバックスコーヒー』に対する非難と不買運動です。ことの起こりはスタバが2026年05月18日(光州事件の日)に、「タンクボトル」という大容量タンブラーの販促を行ったことです...

韓国人にはよく知られた「朴鍾哲(パク・ジョンチョル)拷問致死事件」というのは何か?――をご紹介しておきます。

日本人のほとんどは知らないでしょうから。

朴鍾哲(パク・ジョンチョル)拷問致死事件とは、1987年01月、韓国の全斗煥(チョン・ドファン)軍事政権下、大学生の朴鍾哲(パク・ジョンチョル)さん(上掲写真)が警察の拷問中に死亡した事件です。

韓国現代史では、1987年民主化運動(6月抗争)の直接的な導火線になった事件として非常に有名です。

朴鍾哲(パク・ジョンチョル)は、ソウル大学の学生で、民主化運動系サークルと関係がありました。

1987年01月14日に事件は発生します。

韓国警察(治安本部対共分室)は、逃亡中の学生運動家の所在を聞き出すため、朴鍾哲(パク・ジョンチョル)を連行。

取り調べ中、警察は水責めなどの拷問を行い、朴鍾哲(パク・ジョンチョル)さんは死亡しました。

朴鍾哲(パク・ジョンチョル)さんは1964年04月01日生まれで死亡日1987年01月14日ですから21歳で亡くなりました。

しかし当時の全斗煥(チョン・ドゥファン)軍事政権下では、警察は最初、真相を隠蔽しようとしました。

警察は当初、

책상을 탁 치니 억 하고 죽었다

と発表しました。

直訳すると「机をタクと叩いたら『ウッ』と言って死んだ」です。

これが『スターバックス』不買運動の非難につながったわけです。しかし、先の記事でご紹介したとおり非難の内容はまさに「イチャモン」です。

つまり、拷問死ではない・ショック死・急死だと強弁したわけです。

この説明は韓国社会で猛烈な怒りと嘲笑を呼びました。

現在でも韓国では、

国家による露骨な嘘
権力側の幼稚な隠蔽

を象徴する有名なフレーズとして残っています。

その後、司法解剖などで拷問死が明らかになり、事件は全国的な政治問題化しました。


↑朴鍾哲(パク・ジョンチョル)拷問致死事件の現場検証の様子。

さらに同年06月には、

李韓烈(イ・ハニョル)さんがデモ中に催涙弾直撃で重傷

――という事件が起こり、これが全国的抗議運動に発展。いわゆる「6월 민주항쟁(6月民主抗争)」へつながりました。

結果として、

大統領直接選挙制導入
民主化宣言(6・29宣言)

へと至りました。そのため、朴鍾哲(パク・ジョンチョル)さんの拷問死事件は、韓国民主化の転換点の一つとされているのです。

また韓国では、この事件は単なる警察不祥事ではなく、

軍事独裁
国家暴力
民主化闘争
権力による事件の隠蔽

を象徴する歴史的な事件として記憶されています。

(吉田ハンチング@dcp)

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