連休中なので、読み物的な記事を一つ。
読者の皆さまは「朝鮮料理」あるいは「韓国料理」と聞くと、どんなイメージを持つでしょうか? 「唐辛子をいっぱい使った真っ赤な見た目」あるいは「焼き肉」などを思い浮かべるのではないでしょうか。
現在の日本人がイメージする「いわゆる焼き肉」(無煙ロースターでジュウジュウ焼くやつ)は朝鮮半島で生まれたものではありません。これは在日朝鮮人の皆さんの発明で、「物理的な土地」でいえば「日本の地」で生まれました。
また、唐辛子で真っ赤かというのも、どうも違うようです。「非韓三原則」の提唱者として知られる古田博司先生によれば、本格的な李朝宮廷料理というのは、全然唐辛子が入っていないそうです。
自身の日本語教室の生徒であった尹夫人から自宅に招待され、李朝風饗応を受けたと書いていらっしゃるのですが、これが非常に美味しそうな料理ばかりなのです。以下にその部分を引いてみます。
(前略)
さて、それから三〇分を経過したのち、ようやく食膳がしつらえられる。このころになってから、共通の韓国人の知人が、私は三度目、私は四度目と言いながら、次々にやってくる。
膳について皆で乾杯。じつに素晴らしい料理である。
牛肉、豚肉、白身魚から銀杏、くるみまで、一〇種類以上の具を華の開くように盛り付けて煮込んだ神仙炉が、牛肉の脂ののった肋骨をスープで一昼夜ことこと煮込み、歯を入れると溶けるように甘美なカルビッチム、わけぎ、牛肉、しいたけなどを串に刺してたれで焼いたサンヂクといわれる串焼き、かずかずの具を卵の衣で包み揚げした数種類の煎、スープは蛤を生姜とニンニクで処理した白濁の艶やかなチョゲタンと、そのどれを取っても李朝宮廷料理の流れをくんだ本格的な饗宴の菜である。
どこを見まわしても、唐辛子に赤く彩られたものはない。
ただ一つの赤いキムチも、尹夫人の料理の腕にあやつられ、これが本当にあのキムチだろうかと思われるほど、種々の具の味が渾然一体と融け合い、芳醇な味わいをかもしだしていた。
(後略)⇒参照・引用元:『悲しみに笑う韓国人』著:古田博司,筑摩書房,1999年02月24日 第一刷発行,pp17-18/引用元は以下同
本当に美味しそうです。実際、召し上がった古田先生の筆も奮っています。
韓国料理といえば、唐辛子が効いた真っ赤なものしかないのかと思いきや、実はそうではなく、素材の味と料理人の腕前が十分に堪能できる本格料理というものがある――そうなのです。
しかし、現在韓国に行っても、日本で韓国料理あるいは韓国宮廷料理と銘打ったものを見ても、古田先生が味わったような素晴らしい皿にはお目にかかれません。
筆者は一度東京で韓国(李朝?)宮廷料理と銘打った――もはやジオラマなのか料理なのかもよく分からない料理に出会ったことがありますが――上掲とはまさに月とスッポン。
古田先生が味わったような料理が出るお店ならぜひ行ってみたいものです。ところが、そんな素晴らしい料理が供される店があるとは聞きません。
なぜないのでしょうか?――古田先生は続けて以下のように書いていらっしゃいます。
(前略)
じつは、このように美味な料理は、現在の韓国の街角ではなかなかお目にかかれない。食べ歩きマップなどは、ことソウルに関しては書こうに書けないのである。なぜかというと、伝統的な李朝宮廷料理というものは、金と手間ひまがかかり過ぎるということがまず挙げられる。
第二に唐辛子を使わないので、味にごまかしがきかない。作るには、腕前がいるのである。
第三に韓国人はこと商業において、同職種をかたくなに守るという慣習がないため、客が大勢押しかけるようになると、たちまち材料費を削り味を落とす。こうして一定額もうけると、すぐに店をたたんで他の職種にくらがえする。
いつのまにか忽然と店が消えているということがじつに多いのである。
これでは良い料理人も生まれない。
(後略)
お店がなくて食べられないとなると――余計に食べたくなるものです。古田先生によれば、以下のような手しかないそうです。
したがって真のソウル食べ歩きマップを書こうとすれば、次の条件を満たす地点を探し、これをつなぐほかにない。
一、伝統的な田舎の両班の家系を引く人の家庭の饗応料理であること。
二、その家が現在も金銭的にゆたかであること。
三、その家の主婦が料理ずきであること。こうなると、美味な本格料理にめぐりあえることは、かなりな僥倖になってくる。それは贅沢な望みかもしれないが……。
(後略)
両班の家系を引く、現在も裕福な、料理好きの奥さんがいる家を探して、そこで「お呼ばれ」がないと食べられない――そうです。
古田先生は「僥倖」と書いていらっしゃいますが、2024年の現時点ではおよそ不可能なことでしょう。韓国に料理研究家なる人がいるかどうか存じませんが、古田先生が味わったような本格的な李朝宮廷料理を食べさせるお店があったら、これは日本でも繁盛するのではないでしょうか。
ただし、筆者が出会ったジオラマみたいな、インチキな創作料理は「なし」でお願いします。
(吉田ハンチング@dcp)