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朝鮮戦争で米軍に追い込まれた金日成の様子を伝える貴重な証言

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朝鮮戦争は、北朝鮮金日成が仕掛けた戦争で、奇襲攻撃によって緒戦は大勝利を収めます。国連軍(主力アメリカ合衆国軍)は釜山橋頭堡に押し込まれますが、仁川上陸作戦を成功させた後は、北朝鮮軍を押し返し、金日成のいる平壌に迫ります。

金日成は追い込まれ、中国共産党に出兵を求めます。しかし、中国共産党はなかなか出兵の返事をせず、金日成は半狂乱の状態となります。そこに、毛沢東の「出兵する」という電報が届くのです。

その電報を、倪志亮大使と共に届けた柴成文さんの回顧録『板門店裁判』には、金日成の当時の様子を伝える貴重な証言が残されています。これを引用した『毛沢東の朝鮮戦争』からご紹介します。

金日成がどのような精神状態だったのかが生々しく伝わってくる、歴史的証言です。

「倪、柴が車で金首相の執務場所に到着した。これは牡丹峰の裾野に設置された地下指揮所であった。

入り口は偽装網で覆われ、両側には土嚢を積んだ防弾壁が作られていた。入り口から下へ降り、右へ左へ曲がって、広々とした明るいホールに出た。ホールの端に、首相の執務室があった。

二人が部屋に入ろうとすると、思いがけなく、入るも退くもできない困った場面に出会った。

誰かが首相と激しく口論をしていた。外国の使節がすでに近くまで来たにもかかわらず、口論を止めようとはしなかった。金首相と言い争っていたのは、ほかでもなく、朴憲永副首相兼外相であった。

朴憲永が執務室から出たあと、金首相は視線を初めて中国の賓客に向け、立ち上がって握手した。金首相は、「彼(朴憲永)は山に入り、ゲリラ戦を行う決心がまったく出来ていない」と言った。明らかに、これは金がさきほどの口論を釈明したのである

席についてから、倪志亮は金日成に対し、中共中央は、人民義勇軍部隊を派遣し、朝鮮で参戦することを決定したという北京からの電報の内容を伝えた。

金日成は中国が参戦すると聞くと、大喜びで席から立ち上がった

ついさっき緊張して口論していた表情が一層され、笑いながら、「それは良かった! 良かった!」と何回も言った。

彼はまた右手の親指と人差し指で大きな音を出し、「毛主席と中共中央に、私と朝鮮党、人民からの心からの感謝の意を伝えてください」と話した。

金日成は倪志亮の手を引っ張って、ホールに行き、机の上から酒の瓶を取り、みずから三つのコップに酒を注ぎ、「中国の緒戦の勝利を願って、乾杯!」と言った」

⇒引用元:『毛沢東の朝鮮戦争-中国が鴨緑江を渡るまで』朱健栄,岩波書店,1991年,pp.228-229

読みやすいように行った分け書き、強調文字、赤アンダーラインは本稿筆者による

もう敗戦確実となっていたところに届いた参戦の電報だったので、金日成はこのように大喜びしたのです。ちなみに、朴憲永副首相はその後、金日成によって「アメリカ帝国主義のスパイ」とされ処刑されます。

(吉田ハンチング@dcp)

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