土曜日ですので、読み物的な記事を一つ。

日本中の小学校の学級文庫にそろえるべき漫画『風雲児たち』。
『風雲児たち』は、みなもと太郎先生の「未完の遺作」にして歴史大河漫画です。
明治維新を描くのに関ヶ原の戦いから始めるという、構想だけでも気宇壮大な漫画ですが、それが仇となり、完結できませんでした。
惜しんでも惜しみきれませんが、みなもと太郎先生の寿命の方が先に尽きてしまったのです。
あくまでもギャグ漫画の体をとりつつも、歴史上の「風雲児たち」を血肉の通った「人」として愛情をもって描き、歴史というものは人と人の関係が織りなすものである――ということを教えてくれる傑作です。
同作を読めば、教科書では名前と「何をしたのか」しか分からない人物が、いかにユニークで図抜けた才能・行動力を持っていたのかを知ることができます。日本の歴史は「風雲児たち」が、「風雲児たちのつながり」が紡いできたのです。
みなもと太郎先生が身内について描いた漫画に『松吉伝』があります。
これは、みなもと太郎先生の祖父「漆原松吉」さんについて描いた評伝漫画です。
同作に描かれた松吉さんの生涯は非常に波乱万丈で興味深いものです。以下に同作を参照・引用して書いてみます。
松吉さんは、1879年(明治12年)貧しい家庭に生まれましたが、幼少の頃から読書が大好きで、勉学に励みます。校長先生や兄弟の援助を受けて『作新学院』(旧制中学)に進学して語学を学びました。
※驚くべきことに矢板小学校を卒業するまでに英語はほぼマスターしており、中学で同級生が英語を始める時には、ドイツ語、フランス語を学んでいたそうです。
しかし、お金がなかったので大学に進学はできませんでした。松吉さんは丁稚奉公に出ることになりますが、これを辞して上京。近衛試験を受けて合格します。
近衛始まって以来の一・二を争う成績で合格したそうです。
松吉さんは、明治天皇陛下の近衛兵として軍隊生活に入りました。
時は日露戦争の開戦前夜。松吉さんは明石元二郎大佐からお呼びがかかります。
「語学に優れているのもさる事ながら他の総合面においても私は満足している」「君も知っている通り 今や日本は建国以来の存亡の危機にある」「単刀直入に言おう この明石元二郎に命をあずけてくれないか」と言われ――。
――松吉さんは「私で良ければいかようにもお使いください」と応じました。
この後、松吉さんと明石元二郎大佐の姿は日本から消えます。
明石元二郎大佐の謎
明石元二郎さんが日露戦争時に具体的に何をしていたのかは現在もなお謎です。
諜報活動を行っていた、多大な情報を得て日本軍に渡し、日本の勝利に寄与したといわれるのですが、その実体は今も分かりません。
明石元二郎大佐の側にいて、諜報活動を助けた漆原松吉さんなら知っていたはずです。
松吉さんは、自分が日露戦争中にどこにいて、何をしていたのかを一切語らず、亡くなってしまったのですが、みなもと太郎先生の父上は新聞記者で、戦後同じ家に暮らしていた松吉さんに口を割らせようと試みました。
松吉さんは非常に口の固い人でしたが、ほんの少し、聞けたことを、みなもと太郎先生の父上は妻に語っていました。
この伝聞情報をみなもと太郎先生は漫画にしています。
国家予算の数分の一に当たる裏金を諜報活動に使い、ロシアの諜報機関をまるごと買収した――というのです。
日露戦争の後半が連戦連勝になっていったのは、すべての情報が筒抜けだったからだった――というわけです。
もはやウラがとれません。
日露戦争のことはともかく、『松吉伝』では朝鮮半島に警察署長として赴任したときの松吉さんの活躍や、甘粕正彦さんとの話などが描かれており、こちらの大変に興味深い内容です。
もしご興味があれば、ぜひ読んでみてください。
昔は同人誌として買いましたが、現在ではKindleで読むことができます。筆者は通販で同作を購入し、みなもと太郎先生からサイン色紙をいただいたことがあります。
みなもと太郎先生も今はなく、時間はどんどん飛び去っていきます。

(吉田ハンチング@dcp)






