土曜日ですので、読み物的な記事を一つ。
かつて学生運動で火炎瓶を投げていた皆さんが、現在の韓国を牛耳り、左派・進歩系人士による独裁政権の様相を呈していますから――現在の韓国を知るためには過去を知らなければなりません。

↑「スターバックス」不買運動に絡んで정용진 사퇴(鄭溶鎮(チョン・ヨンジン)辞任しろ)、신세계 OUT(新世界 OUT)のプラカードを掲げる皆さん。『新世界グループ』が『スターバックスコリア』の株主であり、同グループの会長が鄭溶鎮(チョン・ヨンジン)さんだからです。
先に世にもあほらしい『スターバックスコーヒー』の不買運動を繰り広げる韓国の皆さんについてご紹介しましたが、同社を非難する言葉の中に「朴鍾哲(パク・ジョンチョル)拷問致死事件を想起させる」というものがありました。

韓国人にはよく知られた「朴鍾哲(パク・ジョンチョル)拷問致死事件」というのは何か?――をご紹介しておきます。
日本人のほとんどは知らないでしょうから。

朴鍾哲(パク・ジョンチョル)拷問致死事件とは、1987年01月、韓国の全斗煥(チョン・ドファン)軍事政権下、大学生の朴鍾哲(パク・ジョンチョル)さん(上掲写真)が警察の拷問中に死亡した事件です。
韓国現代史では、1987年民主化運動(6月抗争)の直接的な導火線になった事件として非常に有名です。
朴鍾哲(パク・ジョンチョル)は、ソウル大学の学生で、民主化運動系サークルと関係がありました。
1987年01月14日に事件は発生します。
韓国警察(治安本部対共分室)は、逃亡中の学生運動家の所在を聞き出すため、朴鍾哲(パク・ジョンチョル)を連行。
取り調べ中、警察は水責めなどの拷問を行い、朴鍾哲(パク・ジョンチョル)さんは死亡しました。
※朴鍾哲(パク・ジョンチョル)さんは1964年04月01日生まれで死亡日1987年01月14日ですから21歳で亡くなりました。
しかし当時の全斗煥(チョン・ドゥファン)軍事政権下では、警察は最初、真相を隠蔽しようとしました。
警察は当初、
「책상을 탁 치니 억 하고 죽었다」
と発表しました。
直訳すると「机をタクと叩いたら『ウッ』と言って死んだ」※です。
つまり、拷問死ではない・ショック死・急死だと強弁したわけです。
この説明は韓国社会で猛烈な怒りと嘲笑を呼びました。
現在でも韓国では、
国家による露骨な嘘
権力側の幼稚な隠蔽
を象徴する有名なフレーズとして残っています。
その後、司法解剖などで拷問死が明らかになり、事件は全国的な政治問題化しました。

↑朴鍾哲(パク・ジョンチョル)拷問致死事件の現場検証の様子。
さらに同年06月には、
李韓烈(イ・ハニョル)さんがデモ中に催涙弾直撃で重傷
――という事件が起こり、これが全国的抗議運動に発展。いわゆる「6월 민주항쟁(6月民主抗争)」へつながりました。
結果として、
大統領直接選挙制導入
民主化宣言(6・29宣言)
へと至りました。そのため、朴鍾哲(パク・ジョンチョル)さんの拷問死事件は、韓国民主化の転換点の一つとされているのです。
また韓国では、この事件は単なる警察不祥事ではなく、
軍事独裁
国家暴力
民主化闘争
権力による事件の隠蔽
を象徴する歴史的な事件として記憶されています。
(吉田ハンチング@dcp)





