【全文和訳】韓国・李在明の「空涙の反省文」。韓国には「もはや信条の自由はない」

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天性のウソつきで前科四犯の李在明(イ・ジェミョン)さんが、2026年09月18日に行われた「大統領による記者会見」の冒頭で述べたことを大統領府が全文公開していますので、記録のために日本語化しております。

はっきりいえば内容のない演説で、「自分が監獄に行きたくない」だけなのに、よくまあこれだけ空涙そらなみだのような反省文を出せたものです。

こんなものにだまされたり、感動したりする人など……いくら韓国の皆さんでも「いない」と思われますが、要するに李在明(イ・ジェミョン)というのは市政の人をなめているのです。「これぐらい言っとけばいいだろ」という態度なのです。

面倒くさい方は全部読む必要などありません。ただの「空涙の反省文」ですから。

一箇所だけ絶対に見逃せない箇所がありますので、李在明(イ・ジェミョン)の話など聞きたくないという方は、以下の引用ボックス内の長文を飛ばして、次の小見出しまで飛ばしてください。

09月18日(金)李在明(イ・ジェミョン)大統領 記者会見冒頭発言
2026年09月18日

尊敬し、愛する国民の皆さん。

大韓民国を代表する公僕として、民族の祝日である秋夕を前に、依然として厳しい環境の中で苦しい日常を送っておられる国民の皆さんに、申し訳ない気持ちでごあいさつ申し上げます。

国民の命を受け、国家の運命と国民の暮らしに最終的な責任を負う重い立場に移ったその瞬間から、私に残された時間を考え、この472日間、一刻も惜しみながら、私なりに最善を尽くしてきました。

就任した瞬間から私たちの前に広がっていた経済、社会、外交、安全保障上の危機を克服し、新たな希望の種をよみがえらせるため、死力を尽くしてきました。

地位や権力ではなく、すべての人のために働く機会と力を与えてほしいと訴えた、その初心を失わないよう努力してきました。

ところが地方選挙以降、ある面では私としては突然、国民の失望と懸念に直面し、当惑したのも事実です。

しかし、長い時間をかけて熟考し、省察した結果は、「国民は常に正しい」ということです。

すべて私の至らなさのためです。

あまりにも多くの課題を前に気持ちが焦り、より多くの人々の心をきちんと推し量ることができませんでした。

明確な主張や宣言ではなく、実行を通じた結果によって証明しなければならないという考えから、民生、改革、統合の過程で必然的に生じる痛みと葛藤について、十分に共感することができませんでした。

小さな成果と、国民の皆さんから寄せていただく大きな声援を前に、恐れと謙虚さが薄れていました。

ひたすら国民と国家のためだけに使われるべき権力なのですから、もっと奉仕する姿勢で臨むべきでした。

国民に対する畏れを取り戻し、すべてのことに、より細やかに、より低い姿勢で、より懸命に臨みます。

国政の最高目標は民生、すなわち国民のより良い暮らしと、国家のより明るい未来をつくっていくことです。

2024年12月03日、内乱の夜、悲壮な覚悟で国会へ駆けつけた時の決意、名も名誉も求めず、命を懸けて国会に集まり、戒厳軍の銃と装甲車に立ち向かったあの夜の国民を、決して忘れてはいません。

経済指標は改善しているというのに、なぜ私の暮らしは変わらないのか、「いや、なぜさらに悪くなるのか」という問いに、もっと積極的に答えることができませんでした。

経済危機を克服して成長を回復することと、国民の暮らしを実際に改善することは、どちら一つとして軽視することのできない重要課題です。

危機克服と成長回復の方がより急務だった、民生改善にも最善を尽くした、という言い訳をするのではなく、回復と成長と同じくらい、民生改善にさらに集中すると申し上げます。

国民の暮らしと国家の未来を根本的に変える改革の過程で、不利な立場に置かれる方々が経験する痛みに、もっと共感し、もっと意思疎通を図り、共に歩むことはできなかったのか、そして、より大胆で痛快な改革を望む方々とも意思疎通を図り、共に進む道を探すことに、あまりにも消極的だったのではないかとも振り返っています。

国民の皆さんが内乱を乗り越え、国民主権政府をつくってくださったのは、単に政権の色を一つ変えようということではないはずです。

国民の暮らしを脅かす特権と反則、不平等と不合理を解消し、国民が主人である真の民主共和国、成長・発展の機会と果実を共に享受する国、夢と希望にあふれ、国民が幸せな世の中を切り開けという

厳粛な命令だったと考えています。

城南市長の李在明(イ・ジェミョン)にも、京畿道知事の李在明(イ・ジェミョン)にも、党代表の李在明(イ・ジェミョン)にも。そして大統領の李在明(イ・ジェミョン)にも、国民の皆さんが抱いていた思いと期待は一貫しているはずです。

力のない人も悔しい思いをすることがなく、いかなる権力も国民の上に君臨しない「抑強扶弱」の公正な国、互いを尊重し、皆が共に豊かに暮らす希望の「大同世界」をつくってほしい、ということでした。

私自身も政治をする間、仕事をする場所は変わりましたが、改革の目標と価値だけは一瞬たりとも変わったことはありません。

城南市庁前の住民教会の地下祈祷室で政治を志した時も、巨艦・大韓民国の舵を任され、国民と共に、より良い未来へ向かって進んでいる今この瞬間も、この李在明(イ・ジェミョン)が夢見る世の中は決して変わっていません。

あえて違いがあるとすれば、今の私は、正しいと信じることを主張することからさらに一歩進み、厳しい現実の中で、国民から与えられた権限によって実際の成果を生み出さなければならない「国政の最高責任者」だということです。

改革は革命より難しいと言われます。

より合理的で、より公正な世の中をつくるためのこうした変化に対して、利害関係者による組織的な反発はコンクリートのように強固です。

しかし、変化によって暮らしが良くなる人々からの応援は、ばらばらの砂粒のようであることが少なくありません。

選挙で選ばれた公職者に与えられた権限は、反発を乗り越えることを可能にする力であり、砂粒をコンクリートに変えて抵抗を乗り越え、新たな秩序をつくることは、大統領である私の力量と責任です。

ただ、私が悩んでいたのは、改革の過程で鮮明さを打ち出すことでより大きな抵抗を招き、改革の速度がかえって遅くなり、さらには失敗に至るのではないかということでした。

前政権の医療改革のように、掛け声は派手で、政府の改革意志を国民に知らせることには成功したものの、実際の成果はなく、社会的混乱というさらに悪い結果を生み出す、その過ちを決して繰り返したくありませんでした。

結局、政府の成功とは任期最後の日に、国民から実質的な成果によって評価されるものだという信念の下、反発を最小限に抑えながら、できる限り静かに成果を生み出すことに集中してきたと申し上げます。

強い言葉や荒っぽいやり方で改革の過程において注目を集めるより、最後の段階で国民の暮らしを改善した成果によって評価されることこそ、国民に真に恩返しすることだと信じていました。

「すべての人の大統領」という原則も、こうした考えから生まれたものです。慣れた道ではなかったため、容易ではなかったことを率直に告白します。

改革の方法、速度、そして統合の幅をどのように調和させるのか、絶えず悩みました。

統合しようとして改革が曖昧になったとの叱責を受けることもあり、改革を推進しながら、統合への真意を疑われることもありました。

しかし、私と政府が過程と方法において至らなかったのであって、私たちが進む方向が変わったわけではないと、断固として申し上げることができます。

社会大改革のための「光の連帯」の精神を暮らしの現場で実践せよという歴史的命令も、今なお有効な「改革大統領」李在明(イ・ジェミョン)の羅針盤です。

もう一度、靴ひもを締め直します。

歴史的な困難を共に乗り越えながら、信頼と愛情を寄せてくださった方々をこれ以上失望させないよう、改革の過程で困難を経験する方々の痛みと喪失感を最小限にできるよう、

もっと意思疎通を図り、もっと尊重し、より慎重に、より細やかに配慮します。

同じ場所を見つめる人同士であっても、どの道が速いのか、どの道が安全なのかについて考えが異なることはあります。

経路と方法が少し違うという理由で、同じ場所を見つめ、共に歩んできた人々の真心まで疑わないでいただきたいと訴えたいと思います。

命を懸けて内乱を乗り越え、国民主権政府の成功のために心を一つにして共に歩んできた方々が、互いに憎悪の言葉を投げつけ合っている現実を、本当に残念に思います。

より良い世の中を夢見て行動してきた誰かが排除の対象として名指しされ、傷つき、苦しんでいる姿を見るのは、本当に胸が痛みます。

民主主義と進歩、改革という理想を夢見ながら、

より良い世の中のために行動する私たちは、皆が親文在寅系であり、親盧武鉉系であり、親金大中系であり、李在明(イ・ジェミョン)の同志です。

この胸の痛む現実が生まれたことには数多くの原因と要因があるでしょうが、民主党の第一党員であり、国政の最高責任者である私の責任が最も大きいです。

憎いという気持ちが湧き、誰かを責めたくなっても、私と政府の至らなさを責めてください。

もっと多く耳を傾け、もっと意思疎通を図り、私から先に手を差し伸べます。

小さな違いが互いを押しのける理由ではなく、より良い答えを探していく力となるよう、

身を削る覚悟で、さらに努力します。

尊敬する国民の皆さん。

歴史的課題である、後戻りできない検察改革を責任を持って完遂します。

長年の努力の末、検事を捜査から排除し、公訴庁と重大犯罪捜査庁を分離することで、「捜査と起訴の分離」という検察改革の課題は終着点に近づいています。

検察改革の目的は、人権と被害者の保護、社会秩序の維持という捜査・訴追機関の権限と役割が、政治的な捜査と起訴に悪用されないようにすることです。

万が一にも、捜査・起訴機能が適切に作動せず、被害者と国民の人権保護に支障を来すようなことがあってはなりません。

検察改革によって国民の人権と被害者を適切に保護し、公正で妥当な社会秩序の維持だけにまい進できるようにし、ほんのわずかな不当な被害も、小さな隙も生じないよう、

徹底して点検し、補完します。

検察の補完捜査権がなくなることで生じ得る問題は、警察捜査に対する徹底した牽制・補完装置によって解消します。

高強度の警察改革を通じて、捜査権の独占によって警察が万が一にも絶対的な権力機関へと退行するのではないかという国民の懸念を払拭します。

大韓民国大統領は、大韓民国国民すべての大統領でなければなりません。

価値や志向、公約が異なる大統領候補のうちの一人が国民の選択によって大統領になるわけですが、

大統領になった以上、その人物はすべての国民を代表しなければなりません。すべての人の大統領になったとしても、その人物が提示した価値と信念、政策を選択した国民の意思も、依然として尊重されなければならないでしょう。

国民の皆さんに提示した改革と進歩の価値を失うことなく、意思疎通と対話を通じて、最大多数の国民の合理的な意見を最大限国政に反映する「統合の大統領」になります。

統合のための人事と政策が、かえって葛藤と亀裂の契機とならないよう、より深く熟考し、より多く国民の意見をくみ取っていきます。

互いに異なり、対立しているように見えますが、民生、改革、統合は結局、一つの道へと収斂します。

改革は国民のより良い暮らしのためのものでなければならず、統合はより多くの国民と共に、より有効で、より多くの改革を持続させる土台だからです。

言葉ではなく結果で証明し、国民の意思に従い、揺らぐことなく民生、改革、統合の道を歩んでいきます。

私は政治、経済、社会、文化、外交、安全保障など、その数多くの分野で、無数の改革課題を国民の皆さんに約束しました。

その多くの約束と、また、なすべきことを一つ一つ着実に実行して、さらに大きな信頼を築き、国民のより良い暮らし、代替不可能な大韓民国を必ずつくります。

回復と成長を持続的に推進しながら、成長の機会と果実を皆が共に享受できるようにします。

このままでは、いつか直面せざるを得ない「失われた30年」を避けられるよう、不動産市場を必ず安定させます。

首都圏の住宅価格安定の根本的な障害である首都圏一極体制を克服し、成長・発展の拠点を多極化する「国土均衡発展」を揺らぐことなく推進していきます。

供給、規制、税制政策を確固として迅速に執行し、利害関係者との十分な意思疎通を通じて混乱と反発を最小限に抑えながら、住宅価格の安定も必ず実現します。

首都圏の過密解消と国土均衡発展のため、長年推進してきた行政首都建設を可能な限り迅速に完成させます。

ニューヨークとワシントンのように、「経済首都・ソウル」、「行政首都・世宗」という「経済・行政二首都」の時代を切り開きます。

社会的弱者だけでなく、すべての国民が安全で平和に暮らせる国、希望があり、幸せな世の中をつくっていきます。

政治状況に対する妥協の産物として誕生した1987年憲法は、もはや今日の大韓民国には合わない服です。

与野党の政界による合理的な議論と国民的合意に従って改正できるよう、私も努力します。

5.18光州民主化運動、そして釜馬抗争の精神を憲法前文に盛り込むこと、国民の基本権強化、大統領の一部権限の国会・地方政府への分散、政策の一貫性と国政の安定のための大統領連任制導入など、改憲についての私の立場は以前から一貫しています。

議院内閣制や二元執政制を導入しようとしているという一部の主張は、とんでもないものです。

憲法改正を通じた私の連任は憲法上不可能であり、私自身も連任を考えたことすらないということを、これまで何度も明らかにしてきました。

だからこそ、連任しないと約束せよという要求は、まるで私が連任を構想していたものの断念する、という構図をつくろうとする政治攻勢だと考えていました。

それにもかかわらず、この場を借りて改めて確固として申し上げます。

私は連任する考えは全くありません。

民主共和国・大韓民国の主権は国民にあり、人事権を含むすべての権力は国民から生まれます。

人事行政を含むすべての国家権力を行使するにあたり、主権者である国民の意思を最大限尊重します。

この機会に、人事システムも再点検します。いつも申し上げていることですが、政治は政治家がするように見えても、結局は国民がするものです。

国民は常に正しいのです。

辺境の非主流だった私を今のこの場所、大韓民国に責任を負う国家最高責任者として呼んでくださったのも国民でした。

国民の集合知を灯火とし、国民だけを信じて、より良い大韓民国の未来のため、大胆に前へ進んでいきます。

より低い姿勢で、さらに国民に仕え、国民が実感できる真の暮らしの変化を生み出した「民生大統領」、

民主政府の長年の宿題であり、歴史的課題を解決した「改革大統領」、葛藤と対決を越えて、共に生きる世の中をつくり上げた「統合大統領」になれるよう、最善を尽くします。

尊敬する国民の皆さん。

今、私たちは安全保障と経済の地形が完全に塗り替えられる、巨大な大転換の中心点に立っています。

このような時だからこそ、共に前へ進む力が一層重要です。

団結した国民の底力、国民の意思と知恵こそが国力の源泉であり、国益の土台であると信じ、

政治を初めて始めた時に抱いた思いを、改めて胸に刻みます。

揺らいだことがないと言うなら、疲れたことがないと言うなら、それは嘘でしょう。

しかし、政治家の初心とは、絶えず揺れながらも進むべき道を示してくれる羅針盤の針のようなものだと考えています。

初心を失わず、ひたすら国民だけを信じます。

国民の皆さんからいただいた信頼と期待、私が国民の皆さんにした約束を思い起こし、

重大な責任感を持って国政に臨むことを申し上げます。

ありがとうございました。

⇒参照・引用元:『韓国電子政府』公式サイト「9/18(금) 이재명 대통령 기자회견 모두발언」

左派・進歩系の大統領しか同志ではないのか?

一箇所だけ注目ポイントを挙げさせてください。

より良い世の中のために行動する私たちは、皆が親文在寅系であり、親盧武鉉系であり、親金大中系であり、李在明(イ・ジェミョン)の同志です。

――です。

「国民の皆さん」と語りかけて始めているのに、より良い世の中のために行動するのは――、

文在寅
盧武鉉
金大中
李在明の同志

――などと述べています。「ちょっと待て、おい」です。韓国で暮らしているのは、左派・進歩系アンポンタンだけではないのです。

政治的な志向で国民を同志かどうか選別しているわけですから、この発言は断じて見逃すことはできません。韓国が左派・進歩系人士による独裁に陥っていること、韓国が信条の自由さえない国であることの証左です。

(吉田ハンチング@dcp)

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