2022年07月26日、韓国メディア『中央日報(日本語版)』に興味深い記事が出ています。
アメリカ合衆国財務省のジャネット・ルイーズ・イエレン(Janet Louise Yellen)長官が訪韓した際になんとか締結に持ち込もうとして空振った「米韓通貨スワップ」の件です。
記事から一部を以下に引用してみます。
2008年10月、企画財政部と韓国銀行の対立が極に達した。
初の韓米通貨スワップ締結の「祝砲」を放った直後のことだ。
不満は韓国銀行から先に出てきた。公式発表日前日に企画財政部が締結の事実を流し、すべての功績が企画財政部にあるかのように虚偽の会見をしたという批判だった。
企画財政部も黙っていなかった。
交渉に消極的だった韓国銀行が実際に締結されたら言葉を変えたとして反論した。
双方のトップを狙った露骨な批判、責任者更迭論まで水面下で飛び交った。
当時の李明博(イ・ミョンバク)大統領が「危機克服に官庁間の境界はない。みんながひとつにならなければならない」として公開警告に出るほどだった。
(後略)⇒参照・引用元:『中央日報(日本語版)』「【噴水台】韓米通貨スワップ」
2008年に締結された米韓の通貨スワップを巡って、企画財政部(財務省に相当)と『韓国銀行』が「オレたちの功績だ」とつば迫り合いを行ったというのです。
ドル流動性スワップ(韓国側の呼称は「通貨スワップ」)はそもそも中央銀行同士の取り決めなので、企画財政部が功を誇るというのもおかしな話ではあるのですが、当時のメディアには(恐らく企画財政部がリークしたと思われる)苦労話が掲載されました。
「企画財政部がいかに頑張ったのか」という苦心譚が先行してしまったので、『韓国銀行』が苦々しく思ったのでしょう。
当時の『ChosunBiz』の報道によれば、締結まで持ち込んだそもそもの発端は、姜萬洙(カン・マンス)当時、企画財政部長官の思いつきだった――と報じられました。
面白い経緯なのでご紹介します。
韓国企画財政部長官の奮戦記
姜萬洙(カン・マンス)企画財政部長官がいかに奮戦したのかを見てみましょう。以下のように事態は進展しました。
2008年、韓国は流動性危機に陥っていました。
2008年09月19日、姜萬洙(カン・マンス)長官が、外信報道を見て、申斉潤(シン・ジェユン)国際業務管理官に、
「『FRB』(Federal Reserve Boardの略:連邦準備制度理事会)がオーストラリア、ノルウェー、スウェーデンの中央銀行と通貨スワップを締結するようなので、ウチも一つ推進してみてください」
と電話で指示を出します。
「韓国はハードカレンシー国でもないし、無理なのでは」と思いながらも申斉潤(シン・ジェユン)管理官は、合衆国財務省の担当次官補にメールします。
返信は「まあ……ちょっと考えてみます」でした。
めげずに申管理官は電話とメールで攻勢をかけます。
しかし、合衆国側は他の新興市場国家との公平性を理由に色よい返事をしません。
申管理官は、姜萬洙(カン・マンス)長官に「無理っぽいです」と報告。
それでも姜萬洙(カン・マンス)長官はへこたれず、「私たちの外国為替保有額が不足しているわけではないが、外国為替市場の不安心理を払拭するには米国の協力なしには不可能だ。推進し続けろ」と押しの一手を指示。
10月10日、G7財務相会議が開催。
10月11日、G20財務相会議がワシントンで緊急招集。
姜萬洙(カン・マンス)長官は基調講演で「先進国間で締結されている通貨スワップの対象に韓国など新興市場国家を含めなければならない」と主張。
姜萬洙(カン・マンス)長官は「合衆国発の金融危機で新興市場国が危うくなれば、その余波が再び先進国に戻るという逆循環(reverse spill-over)するという論(出た!)を持ち出します。
ブラジル財務相なども「そうだ、そうだ」と似た話をしました。
10月13日、『IMF』(International Monetary Fundの略:国際通貨基金)・『World Bank(世界銀行)』の年次総会が開催。
※この会議のたてこみ具合から当時いかに世界が深刻な流動性危機に陥っていたかが分かります。
10月14日 午前10時30分、ニューヨークに移動した姜萬洙(カン・マンス)長官は『シティ・グループ』に支援を求めます。
※シティ・グループは第1次・第2次オイルショックの際に韓国を支援した過去があります。
相談したのはロバート・エドワード・ルービン(Robert Edward Rubin)元財務長官で、この当時は『シティ・グループ』アドバイザーを務めていました。同席していたのは、ウィリアム・ローズ『シティ・グループ』副会長です。
姜萬洙(カン・マンス)長官は「難しいときの友こそ真の友(A friend in need is a friend indeed※)」と述べ、「米韓通貨スワップを助けてほしい」と支援を要請。
※文政権が合衆国に「ワクチンスワップ」を要求したとき同じことを言いました。
ルービンさんは「ティモシー・フランツ・ガイトナー(Timothy Franz Geithner)NY連銀総裁と一緒に昼食を取るので、話してみるよ」と答えてくれました。
10月14日 午後、ローズ副会長から姜萬洙(カン・マンス)長官に電話がかかってきます。「うまくいくと思うよ。10~12日ぐらいかかるかもしれないが」という吉報でした。
このように、姜萬洙(カン・マンス)長官が孤軍奮闘したように報じられたわけです。姜萬洙(カン・マンス)長官は『韓国銀行』総裁ではありませんが、なんとかNY連銀総裁までつないでもらって「通貨スワップ」締結まで持ち込んだ、という話となっています。
教訓としては「諦めたらそこで試合終了ですよ」でしょうか。
イエレン長官に話したのはコメディーだった
『中央日報(日本語版)』の記事に戻ります。記事の一部を以下に引用します。
(前略)
企画財政部関係者は苦しい状況を一文で縮約した。「イエレン長官が韓米通貨スワップを締結すると発表するのは、韓国銀行総裁でもない秋慶鎬(チュ・ギョンホ)副首相(企画財政部長官)が来月基準金利を引き上げると言うようなもの」。
イエレン長官を捕まえて通貨スワップを締結してほしいということ自体がコメディという話だ。
14年前に先輩たちがした過剰広報の代価をいま企画財政部が払っている。
(後略)⇒参照・引用元:『中央日報(日本語版)』「【噴水台】韓米通貨スワップ」
イエレンさんは財務省の長官なので、そもそも「通貨スワップ」について言及するわけはないという話でまとめています。「そもそもお角違いだったね」というコメディーとしていますが、「なんとか締結しろ」「米韓通貨スワップが必要だ」と煽ったのは韓国メディアです。
『中央日報』だってそのような記事を出していました。今さらコメディーなんて書くのはいかがなものでしょうか。
また、「14年前に先輩たちがした過剰広報」と上掲のような経緯を広告としています。もし本当であれば、姜萬洙(カン・マンス)長官が孤軍奮闘したのは褒められてしかるべきでしょう。
もっとも、だからといって現在このような動きをしても「通貨スワップ」が締結できるとは思えないのですが。
(吉田ハンチング@dcp)