裁定が出た直後に韓国メディアでは「賠償金額がわずかになった」「実質的勝利」などと報じていましたが、認識が間違っています。
結論からいえば、これは「韓国政府によるフェアでない介入があった」という有罪判定です。
韓国でしか起こらない――OINK(Only IN Korea)事案の代表格として、知られた「ローンスター事件」。
2022年08月31日、『ICSID』(International Centre for Settlement of Investment Disputesの略:国際投資紛争解決センター)が判断を下しました。
投資会社『ローンスター』が求めた「46億7,950万ドル」の損害賠償請求に対して、「2億1,650万ドル」の賠償責任のみを認めました。
賠償金額が約4.6%まで非常に小さくなったので、韓国メディアでは「実質的勝利」、あるいは「一部敗北」といった報道が出ているのですが、これは違います。
「韓国政府が民間の商取引に圧力をかけた」と認定された部分があるからです。ですので、実質的勝利などではありません。
『ローンスター』 VS 韓国政府。その主張と反論
今回の訴訟で『ローンスター』が提起したのは、大きく次の3点です。
②『外国外換銀行』の売却価格を引き下げろと圧力をかけた
③不公正な課税
①は以下のような経緯です。
『ローンスター』は、1997年のアジア通貨危機によって経営がガタガタになった『韓国外為銀行』に資金を入れ、リストラを行って黒字にしました。
さて投資した分を回収しようかと、『HSBC』に『韓国外換銀行』を売却する契約書を結んだところ、韓国政府が不当に承認せずに遅延させ、結果、この話が流れた――と『ローンスター』は主張しました。
②は、売価価格を引き下げろと韓国政府が圧力をかけた――という主張です。
③は、韓国・ベルギー間の二重課税防止協定による免税特典を『ローンスター』に与えなかった――という主張です。
韓国政府がどのように反論しているのかといいますと……。
①については――確かに売却審査を延期はしたが、それは当時『ローンスター』が刑事裁判を受けるという事態になっており、大株主として適格なのかに疑念があった。つまり、正当な事由があったのだ――と反論しています。
②については――売却価格が下落したのは、『ローンスター』が刑事事件で有罪判決を受けて交渉力が落ちたためで、自業自得だ――と反論。政府は価格交渉に介入していない、としています。
③については――『ローンスター』はベルギーの子会社を通じて『韓国外換銀行』を買収したが、この子会社はベルギー籍になってはいるものの実体のないペーパーカンパニーであって、実質的にはアメリカ合衆国企業と見るのが至当。そのため課税されるべきだ――と反論しています。
この段階でまず指摘しておきたいのは、韓国の司法というのは、日本人なら誰でも知っているとおり「極めて政治的な権力であり、時の政府に阿(おもね)った判決を出す」ということです。
『ローンスター』が刑事事件の被告になったのも、国民や政界(そしてメディア)からの「韓国企業を安く買い叩いて売り飛ばし利益を得るなんて許せない」という声に司法が動かされたという面が強くあります。
そもそも検察が動き、起訴に持ち込んだのは、政治的な圧力(国民からの支持)があったためと見る方が自然ではないでしょうか。
このこと自体が根本的なOINK事案だともいえます。
当時、『ローンスター』がかけられた疑義は、『外国為替カード』を安く吸収合併するために、偽の減資情報を拡散して不当に株価を引き下げた――というものです。
いわゆる「風説の流布」というやつですが、これによって『ローンスター』は株価操作について有罪となりました。
この有罪判決によって、『ローンスター』が『外国外換銀行』を韓国『ハナ金融』に売却するときの価格は「4億3,300万ドル」下がりました。
つまり、『ローンスター』は有罪判決を受けたことで4億3,300万ドルもうけが減ったのです。
これが現在につながりますので、この金額を少し覚えていてください。
『ICSID』はどう判断したか?
――で、今回の『ICSID』の判断です。判決文は、なんと400ページを超える文書となりました。
結論からいえば、『ICSID』の仲裁部は『ローンスター』による主張のほぼ全てを棄却しました。
『ローンスター』と『HSBC』による売買契約の締結が、投資家保護条項を含んだ韓国・ベルギー・ルクセンブルク投資補償協定の発効(2011年03月)以前であるため、仲裁部の判断対象ではない――としためです。
これによって、『ローンスター』が『ICSID』に持ち込んだ論点のほとんどが審理対象とならなくなり、「『HSBC』との契約がご破産になった責任を韓国政府に取らせる」こと、その判断を下してもらうことができなくなったというわけです。
また、③の不当な課税について、『ICSID』は「韓国政府の実質課税原則適用など課税処分は国際基準に適合するため、恣意的・差別的扱いには該当せず、投資保障協定上の義務違反がない」という判断を下しました。
つまり、③についてもクリアです。
ただし、『韓国外換銀行』を『ハナ金融』に売却する過程での韓国政府の圧力については認定しました。
『ICSID』は韓国政府を有罪とした!
『ICSID』は「当時、韓国金融委員会が売却価格が引き下げられるまで承認を遅らせたのは、金融当局の権限内の行為ではない。よって公正・公平待遇の義務違反い該当する」と指摘しています。
つまり、金融委員会が韓国政府が納得する金額に下がるまで、売却の承認を出さず、遅延させたのは、金融委員会の権限を超えたものであり、外国企業についてもフェアに扱うとしたルールに違反した――と認定したわけです。
ですから、『ICSID』の判断は、韓国にとって実質的勝利などではありません。
むしろ逆で、韓国政府の有罪を認定したと考えるのが至当です。
「元利合わせて支払いましょう!」との判断
で、先ほどの「4億3,300万ドル」です。
今回、『ICSID』は「『ローンスター』がもうけ損なった金額の半分を韓国政府に支払え」という判断を出しました(もうけが減った原因の半分は韓国政府にあると認めたことになる)。
ですから、先にご紹介したとおり「2億1,650万ドルを韓国政府に支払うように」という結論になったのです。
ただし、これに利子が付きます。当然です。その分の資金があれば「もうけ」はもっと増えていたハズなのですから。
支払えといわれた「2億1,650万ドル」を元本として、「1カ月満期の米国債収益率」を規準に、2011年12月03日から完済日まで複利で計算した利子を加えて支払わなければなりません。
「完済日まで」ですので、支払いが後ろになればなるほど利払いが増えます。
メディアによってばらつきがあるのですが、現時点では韓国メディアは利子払いを「約185億ウォン」とし、支払い総額は約3,100億ウォン(約310億円)と読んでいます。
この支払をばっくれることはできるでしょうか?――できません。
『ICSID』のケツは『世界銀行』が持っているので「強制力アリ」
ちなみに、この『ICSID』の裁定にはいわば強制力があります。
『ICSID』の裁定に強制力が発揮できるのは『世界銀行グループ』がケツを持っているからです。以下をご覧ください。
(前略)
ICSID 条約に基づく仲裁と UNCITRAL 仲裁規則等に基づく仲裁とを比較すると、ICSID 仲裁は、世界銀行グループの国際機関ということもあり、会議室、仲裁人候補名簿、標準料金(例えば仲裁申立ての ICSID 仲裁登録費用は 25,000ドル、仲裁廷設置後の運営費として20,000 ドル、仲裁人の報酬は1人あたり1日3,000ドル等)などが整備されており、利便性が高い。また、ICSID 仲裁の場合、仲裁判断を受入国政府が履行しない場合には、世銀ローン停止などの可能性があるため、仲裁判断はこれまでのところほとんどすべて履行されている。
なお、ICSID 仲裁における仲裁判断の取消しは ICSID 条約に基づいてのみなし得る。
(後略)⇒参照・引用元:『日本国 経済産業省』公式サイト「第5章 貿易政策・措置の監視」
つまり、韓国政府がこの裁定を受け入れないと、『世界銀行』から「ローン停止だ!」などの圧力を受ける可能性があるので、受け入れ、履行せざるを得ないのです。
ただし、裁定に対して不服がある場合には「120日以内」なら裁定の取り消しを申請できます。しかし、これまでの例からいえば、裁定が覆ったことはほとんどない、とのこと。
なんという因縁!
今回の『ICSID』の判決は、現政権の中枢部を揺さぶるものです。
というのは、上記の『ローンスター』が有罪(2011年10月に刑が確定)とされた「株価操作」の件で、当時、捜査に当たっていた検察チームには、尹錫悦(ユン・ソギョル)現大統領と韓東勳(ハン・ドンフン)現法務部長官もいたのです。
かつて若き日に有罪にした『ローンスター』からしっぺ返しをくらったことになるのです。
日本語メディアにも、韓東勳(ハン・ドンフン)法務部長官が「裁定無効を申請するぞ」と鼻息を荒くしている件が報じられていますが、これは――本件は自分が昔関わった案件の延長線上に起こったこと――でもあるからなのです。
長い記事になってしまいましたが、やっと裁定が出た『ローンスター』事案について、この先韓国政府がどのように対処するのかにご注目ください。
(吉田ハンチング@dcp)