先の記事では、韓国の証券会社が「PF流動化証券」によって資金難にあることをご紹介しました。今回は先の記事で積み残した「マージンコール」についてです。
再度、先の記事でも取り上げた部分を引用します。
証券会社が保証した大規模な「不動産プロジェクトファイナンシング(PF)流動化証券」が、「海外株価連携証券(ELS)」のマージンコールに続いて短期資金市場の新しい火薬庫として浮上している。
(後略)⇒参照・引用元:『ソウル経済』「『満期PF』」借り換え発行が失敗…証券会社数百億ずつ抱える」(原文・韓国語/筆者(バカ)意訳)
韓国の証券会社が、「PF流動化証券」以前に「『海外株価連携証券(ELS)』のマージンコール」が火薬庫とされています。
また、以下のような見出しの記事もあります。
グローバル証券市場暴落、100兆ELS『時限爆弾』」
⇒参照・引用元:『中央日報』「グローバル証券市場暴落、100兆ELS『時限爆弾』」(原文・韓国語/筆者(バカ)意訳)
赤アンダーラインは筆者による
なにやら「ELS」というもののせいで大変なことになっているらしいことは分かりますが、「海外株価連携証券(ELS)」「マージンコール」といわれても、これまた金融関係の仕事をしていらっしゃる方にしか理解できない言葉です。
まず「マージンコール」の方から。片仮名表記になっていますが、これは株式やFXの取引をされる方ならご存じの「追い証」のことです。
信用取引をしていて証拠金不足になると、証券会社から「追加で証拠金を差し入れるように」と催促されますね。この「追加で差し入れる証拠金(=追い証)を請求されること」を「マージンコール」といいます。日本では「追い証」という方が一般的でしょう。
でも、なぜ証券会社が追い証に苦しめられているのか不思議ではないでしょうか?
普通、追い証というのは、証拠金不足になった投資家に証券会社が請求するものであって、証券会社に追い証が出るなんて話は聞かないですよね。
これは「株価連携証券(ELS)」という金融商品の性格によるのです。
「ELS」とは何か?
ELSとは「Equity-Linked Security」の略で、日本語版の韓国メディア記事などでは「株価連携証券」と訳されています。このELSは債券の一種(債券的な特性を持つ)で、株価・株価指数・債券などと連動して組成される金融派生商品です。
韓国では非常に人気のある金融派生商品で「国民的財テク商品」と呼ばれることもしばしば。2019年には100兆ウォンも購入されています。
これを説明しだすと非常に長くなるのですが、できるだけ簡単にやっつけてみます。
例えば、最もポピュラーな「ステップダウン型」と呼ばれるELSは次のような仕組みになっています。
韓国の「KOSPI(韓国総合株価指数)」に連動したELSがあったとします。仮に仕様は以下だとしましょう。
原資産:KOSPI
満期:3年
評価サイクル:6カ月毎
年利:6%
/95/90/85/85/75/65/(後述)
これに「500万円」投資したとします。
上掲はこのELSのイメージです。左上の黒い実線がKOSPIの折れ線チャートだと考えてください。
/95/90/85/85/75/65/
この数字は半年(6カ月)毎に来る評価ポイントで「償還できるかどうかを評価する」ためのもの。
このELSの基準日を「100%」として、
6カ月後:95%
12カ月後:90%
18カ月後:85%
24カ月後:85%
30カ月後:75%
36カ月後:65%
を評価基準とするよ、ということを意味しています。それぞれの評価ポイントでこれを上回っていれば満期の3年を待たず早期償還となります。評価基準が段々に下りていくので「ステップダウン型」と呼ばれています。
以下を見ていたいた方が分かりやすいでしょう。
6カ月後に最初の評価ポイントがやってきます。このときに基準日を「100%」として、KOSPIが「95%」より上にあれば、早期償還です。
500万円×3%(年利6%で半年ですから半分)の利息と共に元本「500万円」が戻ってきます。
この第1回目の評価ポイントで95%より下になった場合は早期償還されません。次の6カ月後すなわち12カ月後に、今度は「90%」より上か下かがチェックされます。ここで90%より上であれば早期償還で「500万円×年利6%」の利息と共に元本「500万円」が戻ってきます。
1-3回の評価ポイントで償還できず、4回目で償還できたとすると上掲のようになります。
1-5回の評価ポイントで償還されない場合には、3年後(6回目、最後の評価ポイント)で「65%」より上か下かが問われ、償還されれば「年利6%×3年=18%」の利息と元本が戻ってきます。65%より下で償還されなければ、元本割れでその金額が戻されます。仮に0%であれば丸々100%の損失になります。
ざっくりいえばELSとはこのような仕組みのもので、上掲はあくまでも例で、原資産が一つというのは稀です。三つ、四つと組み合わせて組成されるものの方がポピュラーです。また非常に種類も多く、このようなステップダウン式でないものもあります。
韓国で人気があるのは「株式投資よりもリスクが低く、例えば、銀行の積立よりも期待収益率が高いという魅力」があるからだそうです(引用元は下掲『中央日報』の記事)。つまり投資家の得られる利率は、銀行金利より高くなるように設計されているというわけです。
「ELS」では証券会社自身が利益を出さないとならない!
本線に戻ります。
このELSという金融派生商品で面白いのは、投資家が直接投資するのではなく、いわば間接投資のような仕組みになっており、市場と向きうのは投資家ではなく、これを組成して販売している証券会社だという点です。
普通、証券会社は投資家が株式などに投資して得をしようが損をしようが儲かるようになっています。証券会社自身が株式の取引をするわけではなく、手数料で儲ける仕組みだからです。市場に向き合うのはあくまでも投資家自身です。
しかし、ELSではそうはいきません。
ここがELS最大の難点で、証券会社が実際にどこかにお金を突っ込んで「約束した利率」以上の利益を出さないと、ELSを購入した人に利息を支払うことができないのです。
当然、証券会社はレバレッジを効かせた信用取引でお金を突っ込みますから、現在のような世界的株安・債券安・コモディティー安といった状況になると、証券会社自身が「証拠金不足」という事態に陥ることがあるのです※。
実は、これこそELSのせいで証券会社自身が「追い証」を求められている理由で、実際韓国の証券会社は巨額のマージンコールに直面しています。
マージンコールは莫大な金額! しかもウォン安を誘発する
例えば、2020年03月21日の『中央日報』の「国民的財テクが爆弾に!?…株式市場の急落に『ELS緊急事態』」という記事には、以下のようにあります。
(前略)
A証券会社の関係者は、「先週からグローバル証券市場が急落する過程でマージンコールの規模は累積し、1兆ウォン程度生じた」とした。この証券会社は保有していた企業手形(CP)や買い戻し条件付き債券(RP)などを市場に売り出しドルの確保に乗り出している。
(後略)⇒参照・引用元:『中央日報』「国民的財テクが爆弾か…株式市場の急落に『ELS緊急事態』」(原文:韓国語/筆者(バカ)意訳)
※赤アンダーラインは筆者による
なんと1兆ウォンもの追い証を求められているのです。ざっくり1/10にしても「1,000億円」の追い証です。でもこれを入れないと強制決済で損が確定されてしまうのです。
「ドルの確保に乗り出している」理由は、ELSの中には海外の株式指数などに連動している商品もあって、これは当然ドル建てでお金を突っ込みますので、証拠金もドルで入れないといけないからです。
そしてこのドル建ての追い証を入れるために、証券会社はウォンをドルに換えなければならず、この巨額の両替(ウォン売り・ドル買い)がウォン安を進行させるという、なんともバカバカしい事態になっています。
というわけで、韓国の証券会社は非常に危機的な状況にあるわけです。
またしてもずいぶんな長文になってしまいましたが、最後までお付き合いを賜わり誠にありがとうございました。
※
このような事態を避けるため、ELSの損益・利益をよその証券会社(外資系証券会社)にお任せするというケースもあるとのこと。このようなリスクヘッジは中小の証券会社に多く、大手証券会社の場合は自社で直接投資を行ってリスクヘッジをするようです。
上掲の『中央日報』の記事からその部分を以下に引用します。
証券会社は、ELSを発行すると、加入者に利益を与えるためにヘッジ(危険回避)をする。ヘッジは大きく二つの方法がある。損失や利益を外国系証券会社等に渡す「バックトゥーバックヘッジ」と直接投資方式の「独自のヘッジ」だ。通常、中小の証券会社はバックトゥーバック、大手証券会社は独自のヘッジ比率が高い。特に『三星証券』と『韓国投資証券』、『未来アセット大宇』は独自のヘッジ比率が高いと伝えられる。金融投資業界によると、独自のヘッジアカウントを保有している国内証券会社の残高は20兆ウォンを超えるものと推定される。
※強調文字は筆者による
(柏ケミカル@dcp)