韓国がいくら否定しても「日本が韓国の鉱工業を発展させた」は本当です。

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日本に併合された朝鮮半島が世界に類を見ない経済的発展を遂げたのは日本の資金や技術が流入したからです。

韓国の皆さんの多くはこの事実を直視しませんが、日本が朝鮮半島に産業革命をもたらしたのです。

「日本の植民地支配が経済発展に寄与した」と言うな

韓国メディア『中央日報(日本語版)』に非常に興味深い書きぶりの記事がでていますのでご紹介します。

「ドイツ少女像撤去を求める集会開催を予告した韓国市民団体の正体」というタイトルの記事で、ドイツに設置されてしまった例の像を撤去すること訴え、わざわざドイツで集会を開く市民団体とは何者だ――という内容です。

以下に一部を引用してみます。

韓国の市民団体がドイツに設置された「平和の少女像」の撤去を求める集会開催を予定し、論議が巻き起こっている。「大韓民国お母さん部隊」の朱玉順(チュ・オクスン)代表、『反日種族主義』の共同著者で落星台(ナクソンデ)経済研究所研究委員の李宇衍(イ・ウヨン)氏らは「慰安婦詐欺清算連帯」という団体を今年1月に結成した。

(中略)

落星台経済研究所の李宇衍研究委員は『反日種族主義』を共同執筆した。

この書籍には日本の韓国植民地支配が韓国の経済発展に肯定的な影響を及ぼしたという主張が展開されている。

例えば「植民地経済の均衡発展のために鉱工業を中心にした産業構造の高度化を行ったことからどの国の植民地支配とも完全に区別される特殊な工業化を経た」とし「植民知(原文ママ)社会の経済発展という面で大変重要な意味を持つ」と記した。
(後略)

⇒参照・引用元:『中央日報(日本語版)』「ドイツ少女像撤去を求める集会開催を予告した韓国市民団体の正体」

李宇衍(イ・ウヨン)さんが共同執筆者を勤めた『反日種族主義』に、「日本の植民地支配が韓国の経済発展に大きく寄与した」とあったことに対して、なんだかとても非難めいた書きようです。まるで「こんなこと書きやがった」といわんばかりです。

しかし、これは事実です。

朝鮮半島の鉱工業の黄金時代は日本統治下で訪れた

日本は鉱工業を中心に朝鮮半島の経済構造を高度なものに改革することに成功しました。

これは先にご紹介した李大根先生の著作『帰属財産研究 韓国に埋もれた「日本資産」の真実』の中で、きちんとデータを追った上で立証されています。

まず、日本統治下でいかに鉱工業が発達したか、です。全産業に占める鉱工業の割合の推移を見てみましょう。

全産業における鉱工業の割合(経常価格ベース)
1920年:0.7%
1925年:0.7%
1930年:1.0%
1935年:2.4%
1937年:2.9%
1939年:3.8%
1940年:3.5%

⇒参照・引用元:『帰属財産研究 韓国に埋もれた「日本資産」の真実』著:李大根、訳:金光英美、監訳者:黒田勝弘,文藝春秋,2021年10月10日 第1刷発行,p.242

鉱工業は1925年から1939年までの間に5倍超の規模拡大に成功しています。これは、朝鮮総督府が鉱工業に優遇措置を取って積極的に支援し、巨額の民間資本が流れ込んだ成果です。

朝鮮半島の鉱工業の黄金時代は1930年代からの15年間といわれます。朝鮮総督府は鉱工業発展のために特恵措置を設けて、民間資本の積極参加を促し、その結果大きな発展を遂げたのです。

朝鮮人は鉱工業開発に熱心だった

日本はその開発を独占したのでしょうか? 収奪、搾取したのでしょうか?

違います。

同著から朝鮮鉱業権の出願件数における日本人、朝鮮人の比率を以下に引きます。

朝鮮鉱業権の出願件数
1920年:総出願数1,132件 日本人75%/朝鮮人25%
1930年:総出願数1,392件 日本人55%/朝鮮人45%
1938年:総出願数1万5,721件 日本人30%/朝鮮人70%

⇒参照・引用元:『帰属財産研究 韓国に埋もれた「日本資産」の真実』著:李大根、訳:金光英美、監訳者:黒田勝弘,文藝春秋,2021年10月10日 第1刷発行,p.247

このように最初こそ日本人が多かったのですが、やがて朝鮮の皆さんの出願件数の方が多くなります。次に稼働鉱区数の所有比率です。

稼働鉱区数の所有比率
1920年:総稼働鉱区178 日本人所有83.4%/朝鮮人所有12.9%
1938年:総稼働鉱区5,346 日本人所有50.6%/朝鮮人所有49.4%

⇒参照・引用元:『帰属財産研究 韓国に埋もれた「日本資産」の真実』著:李大根、訳:金光英美、監訳者:黒田勝弘,文藝春秋,2021年10月10日 第1刷発行,p.247

このように開発初期段階こそ日本人の所有比率の方が8割を超えるほど多かったのですが、20年弱でほぼ半々にまでなっています。

李先生も指摘していらっしゃいますが、鉱工業では朝鮮人の皆さんの参加意欲は非常に熱かったのです。

1920年から1938年までの稼働鉱区の伸びにもご注目ください。178から5,346に増加しています。収奪も何も、この半分が朝鮮人の所有だったのです。

ただし、投資額と産出額においては、日本人と朝鮮人の間には圧倒的な差がありました。

李先生の同著によると、1945年08月時点で、

総投資額20億3,410万円
日本人95.6%/朝鮮人4.4%

と圧倒的に違います。また鉱産額は1938年時点で、

日本人85.9%/朝鮮人11.0%

と大差がついています。これは投入できた資金と技術力の差によって起こったものと考えられます。

明治維新以降、資本主義と富国強兵の道をひた走ってきた日本には資本と技術の蓄積があり、併合によって初めて本格的に資本主義の道を走ることになった朝鮮には、そして朝鮮人の皆さんには資本の蓄積がなく、大金を突っ込むことができなかったのです。

しかし、所有鉱区数や鉱業権の出願件数からも分かるとおり、朝鮮人の皆さんも鉱工業の拡大に参加できていました。また、数字が示すとおり朝鮮半島の鉱工業が大きく発展したのは、日本資本と技術の流入のおかげに他なりません。

韓国成立後の主力輸出品は鉱産物だった!

また、この鉱工業の発展は第二次世界大戦後に独立国となった韓国に大きな恩恵をもたらします。

他でもない、輸出の主力産品となったのです。さらに同著から引かせていただきます。

鉱産物の輸出に占める割合
1951年:64.9%
1952年:75.8%
1953年:61.6%
1955年:44.0%
1956年:53.0%
1958年:43.5%
1960年:29.4%

⇒参照・引用元:『帰属財産研究 韓国に埋もれた「日本資産」の真実』著:李大根、訳:金光英美、監訳者:黒田勝弘,文藝春秋,2021年10月10日 第1刷発行,p.254

現在では想像もつかない話ですが、韓国の輸出産品の主力は鉱産物でした。

朝鮮戦争後の韓国の輸出産品のほとんどを日本統治時代に発達した鉱工業が支えたのです。

日本は巨額の資本、また技術を投じた鉱山関連資産を全部朝鮮半島に置いてきました。それが韓国の輸出を支えることになったのです(同様に北朝鮮をも支援することになりました)。

朝鮮半島の鉱物資源は北に偏在しており、そのため鉱工業の開発も北部に重きが置かれたのです。しかし、だからといって南朝鮮が日本から恩恵を受けなかったという話にはなりません。それは上掲の韓国の輸出品の大部分が鉱産物だったというデータが証明しています。

韓国経済が日本の恩恵を受けなかったなどと、なぜいえるのでしょうか。

「(日本が)植民地経済の均衡発展のために鉱工業を中心にした産業構造の高度化を行ったことから、(韓国は)どの国の植民地支配とも完全に区別される特殊な工業化を経た」という言葉は妄言でしょうか?

とんでもない。事実です。

日本は「植民地社会の経済発展という面で大変重要な意味を持つ」ことを朝鮮半島で行ったのです。

読者の皆さんもぜひ『帰属財産研究 韓国に埋もれた「日本資産」の真実』を読んでみてください。

もう多くの日本人が忘れてしまったこと、しかし忘れてはならないことをあらためて認識させてくれる素晴らしい著作ですから。

(吉田ハンチング@dcp)

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