2026年06月18日、『韓国銀行』から「[BOKイシューノート第2026-15号]海外投資と投資所得が為替レートに与える影響」という論文が公表されました。

ウォン安が進行しているな中、非常に興味深い内容でので本論は直にアクセスして読んでいただくとして、摘要部分だけでも(長いですが)全文を和訳してご紹介します。
面倒くさい方は次の小見出しまで進んでください。
1.最近、韓国の海外投資は、証券投資を中心に急速に増加しています。
2025年の直接投資は412億ドルとなり、2024年(497億ドル)より減少した一方、証券投資は1,403億ドルとなり、2024年(670億ドル)の2倍を上回りました。
これに伴い、GDPに対する証券投資の比率も3.6%(2024年)から7.5%(2025年)へと大幅に上昇しました。
海外投資の拡大は、対外資産の蓄積と純対外金融資産の増加につながり、長期的には投資所得の拡充、外貨流動性の緩衝力向上、および対外支払能力の強化に寄与するという点で肯定的ですが、最近の韓国の証券投資は、その増加規模やGDP比率が日本(2025年:1,028億ドル、2.3%)を上回るなど、増加ペースがやや急である側面があります。
2.韓国の投資所得収支は、2011年以降黒字を維持しており、経常収支に占める比重も徐々に拡大しています。
かつて経常収支の黒字は主として商品収支に基づいていましたが、累積した純対外資産は、2020年以降、利子・配当などの投資所得流入の拡大を通じて、外貨供給基盤を多様化する方向に作用しています。
しかし、投資所得の拡大が、そのまま国内への外貨流入拡大を意味するわけではありません。
特に直接投資で発生した収益が配当されず、海外現地に留保・再投資される場合には、統計上の投資所得黒字と、実際に外国為替市場へ流入する外貨の規模との間に乖離が生じる可能性があります。
3.今後、海外投資の拡大と、それに伴う投資所得の増加、および再投資収益受取比率(以下、再投資比率)などがドルウォン相場に与える影響を点検し、その示唆を導き出すことを目的としました。
まず、韓国と同様に製造業を基盤とした輸出主導型の成長経路をたどり、対外資産の蓄積を通じて投資所得を基盤とする経常収支黒字構造を形成した日本、ドイツ、台湾の事例を検討しました。
その後、大規模ベイズ型ベクトル自己回帰モデルを用いて、海外投資と投資所得がドルウォン相場に及ぼす影響について実証分析およびシナリオ分析を行いました。
4.日本、ドイツ、台湾はいずれも経常収支黒字国ですが、日本は第1次所得収支、ドイツと台湾は商品収支を中心として黒字が形成されています。
日本では、2000年代半ばから経常収支に占める第1次所得収支の比重が次第に高まり、現在では商品収支が赤字である一方、第1次所得収支が大幅な黒字を記録し、経常収支黒字をけん引しています。
これに対し、韓国は依然として商品収支への依存度が高いものの、第1次所得収支の比重が拡大しており、商品収支中心の構造から投資所得を併せ持つ構造へ移行する段階にあると見ることができます。
5.(日本)
外貨需給の観点から見ると、日本では第1次所得収支への依存度が高まる中、再投資比率の上昇が投資所得の国内還流を制約し、円安の一因として作用したものとみられます。日本と韓国の海外投資は、時差を伴いながらも、さまざまな面で類似した展開を示しています。日本では1980年代初頭から国内金利が徐々に低下し、海外投資収益率が国内投資収益率を継続的に上回るようになったことで、対外資産の蓄積と投資所得の拡大が本格化しました。
韓国でも2000年代半ば以降、海外投資収益率が国内投資収益率を上回る流れが現れ、2014年以降には純対外金融資産が黒字へ転換するなど、日本の過去の経路と類似した姿が観察されています。
このことは、韓国も日本と同様に、国内資本収益性の低下などの影響により海外投資の比重が高まり、その結果、国民所得における投資所得の重要性が徐々に高まる段階へ入っていることを示唆しています。
また、今後韓国でも高齢化の加速と生産性の鈍化が続く場合には、国内投資収益率の相対的低下とともに海外投資拡大の流れが継続する可能性があります。
この場合、投資所得はさらに増加する可能性がありますが、その所得がすべて国内へ還流するのではなく、海外現地に留保または再投資される比率も高まるのであれば、為替相場の面でも日本と類似したメカニズムが一部作用する可能性があります。
6.(ドイツ)
再投資比率は28%(2010年以降の平均)程度であり、これは韓国(40%)や日本(46%)に比べてかなり低い水準です。ドイツの再投資比率が低い理由は、まず租税優遇国に設立された持株会社を通じて海外収益を本国へ還流しやすく、さらに還流した利益を国内投資に活用する誘因が高かったことによります。
一方、韓国では最近、海外現地法人の利益の現地留保比率が高くなっており、本国への利益還流志向が強いドイツとはやや対照的な姿となっています。これは、自動車、半導体、二次電池などの主要産業でグローバル・サプライチェーンを構築する必要性が大きいためとみられます。
7.(台湾)
大規模な商品収支黒字と高い投資所得還流志向により外貨供給は豊富である一方、機関投資家を中心として海外投資に対する為替ヘッジ比率が高く、現物為替需要は限定的であるとみられます。台湾の再投資比率は18%程度と、韓国、日本、ドイツより低く、海外収益を積極的に配当送金の形で本国へ還流させる傾向が強くなっています。
一方、台湾の海外投資は直接投資よりも証券投資を通じて行われており、その証券投資は主として生命保険会社を中心にかなりの部分が為替ヘッジされているため、海外投資の拡大が現物為替需要を刺激していないものとみられます。
8.大規模ベイズ型ベクトル自己回帰(LBVAR:Large Bayesian Vector Autoregression)モデル※を用いて、海外投資と投資所得がドルウォン相場に与える影響を分析しました。
※LBVARは、Large Bayesian Vector Autoregression(大規模ベイズ型ベクトル自己回帰モデル)の略です。簡単にいえば、「経済指標同士が過去にどのような影響を与え合ってきたかを、大量のデータから推定するモデル」をいいます。
分析では、符号制約(sign restriction)を通じて構造ショックを識別し、インパルス応答分析を実施するとともに、今後予想される各変数の動きを考慮したシナリオ分析を行いました。
9.外貨需要要因である海外投資の拡大(平均水準比約3%上昇)は、ドルウォン相場を約0.7%ポイント押し上げる一方、外貨供給要因である投資所得の増加(平均水準比約8%上昇)は、為替相場を約0.4%ポイント押し下げる方向に作用しました。
投資所得のうち再投資比率の上昇(約1%ポイント上昇)は、このような外貨供給効果を弱め、為替相場の上昇圧力(約0.4%ポイント上昇)につながることが分かりました。
シナリオ分析においても、海外投資の拡大と再投資比率の上昇は、基本見通しに比べて為替相場を押し上げる要因として作用する一方、投資所得の増加は為替相場を押し下げる方向に作用することが示されました。
これは、海外で発生した収益が国内へ還流されず現地に留保・再投資される場合、投資所得増加に伴う外貨供給効果が制約され、その結果としてドルウォン相場の上昇圧力につながる可能性があることを意味します。
10.韓国は依然として商品収支黒字への依存度が高いものの、海外資産の蓄積とともに投資所得の重要性が高まり、経常収支の構造は徐々に多様化する転換局面に入ったものと判断されます。
ただし、これを直ちに為替相場安定要因の拡大と単純に解釈することは困難です。
海外投資の拡大は外貨需要を伴い、ドルウォン相場の上昇圧力として作用する一方、累積した海外資産から生じる投資所得は外貨供給を増やしてこれを一部緩和するという二面的な性格を有しています。
結局、最近の投資所得の増加は、韓国経済の対外支払能力を補完する緩衝装置としての意味を持つものの、それ自体が国内の成長基盤強化や為替相場の安定へ直結するとは限りません。
11.今後、半導体を中心とした輸出増加と純対外金融資産の蓄積に支えられ、投資所得黒字の規模は中期的に拡大する可能性が高いと考えられます。
ただし、このような黒字基調が為替相場の構造的な下落要因としてのみ作用するとは考えられません。
国内の生産性鈍化と高齢化が続く場合、企業の海外投資への誘因は持続し、日本の事例と同様に海外現地留保および再投資志向が強まることで、投資所得の国内還流は期待よりも限定的となる可能性があるためです。
12.海外投資の拡大に伴って増加する投資所得が、実際にどの程度国内の外貨供給として還流しているのかを中心に、外貨需給点検体制をより精緻化する必要があります。
特に、配当、再投資収益、為替ヘッジなどによって外国為替市場への影響が異なるだけに、投資所得の規模だけでなく、還流の有無や留保傾向まで併せて点検する必要があります。
併せて、海外子会社からの配当の国内還流を促進し、機関投資家による安定的な為替ヘッジを誘導するとともに、より根本的には国内の生産性と投資収益率を高めることにより、海外投資拡大の構造的な誘因を緩和していく必要があります。
結局のところ、中長期的な為替相場の安定は外国為替市場への対応だけでは限界があり、投資所得の還流基盤の拡充と国内の成長潜在力向上が併せて実現されてこそ可能となるでしょう。
「ウォン安を推進するもの」と「投資所得の移転」
この論文の要旨を簡単にまとめると、
「海外投資の拡大は長期的には韓国経済にとってプラスだが、短期的にはドル需要を増やしてウォン安要因となり、しかも海外で得た利益が国内へ送金されず現地に再投資される割合が高まれば、投資所得が増えてもウォン高にはつながりにくい」
――という点を、海外事例と計量分析の双方から示した研究です。
韓国経済は「輸出依存」から「投資所得依存」へ徐々に移行している(これはかつて日本もたどった道)――としいます。しかし海外投資には「プラス」と「マイナス」の両面があります。
海外へ投資するには、企業や投資家がウォンを売ってドルを買う必要があります。
つまり、海外投資の増加そのものはドル需要を増やし、ウォン安圧力になります。
その一方で、その投資から
利子
配当
利益
が戻ってくれば、今度はドルが韓国へ流入するため、ウォン高要因になります。つまり、海外投資にの増加は「最初はウォン安」「後からウォン高」という二重構造を持つということです。
問題は「利益が韓国へ戻ってこない」ことです。
海外で利益を出しても、それを韓国へ送金するのではなく、海外で再投資するなら韓国にはドルが戻りません。統計上は投資所得の黒字が増えていても、外国為替市場にはドルが供給されないため、(ドル ⇒ ウォンへの転換が起こらず)ウォン高になりにくい――というわけです。
計量分析でも同じ結論になっています。LBVARモデルによる分析では、
海外投資が増える
⇒ ウォン安方向
投資所得が増える
⇒ ウォン高方向
しかし再投資比率が高まると……
⇒ ウォン高効果がかなり弱まる
――という結果になりました。早い話が、
投資所得の額だけを見るのではなく、「その利益が韓国へ送金されたのか」が外為相場を考える上で重要だ――という結論なのです。
結論自体には特に目新しい点はありません。あるとすれば、結論そのものではなく、『韓国銀行』がこれを、
「韓国も日本型の“対外資産は大きいのに通貨安圧力が残る構造”に近づき得る」
と、わざわざ日本・ドイツ・台湾と比較し、LBVARで数値化※して確認した点でしょうか。
要するに、政策当局向けに、
「投資所得黒字が増えているからウォン相場は安心、とは言えませんよ」
と釘を刺した論文であるように見えます。
(吉田ハンチング@dcp)





