日本メディアではあまり報じられていませんが、韓国では警察を巡って大変な事態になっています。
韓国の警察組織上層部の人間が尹錫悦(ユン・ソギョル)政権の組織改編プランに対して反旗を翻し、警察内部の人間だけで談合し、反対を表明しているのです。2022年07月23日には、全国警察署長会議が開催されました。
行政安全部の李祥敏(イ・サンミン)長官は、警察のこの動きについて「ほとんどハナ会の12・12クーデターに準ずる状況」と非難。
「ハナ会の12・12クーデター」といわれても若い読者の皆さんは「なにそれ?」とピンと来ないでしょう。
これは、全斗煥(チョン・ドファン)さんが1979年12月12日に起こしたクーデターのことを指しています。
全斗煥(チョン・ドファン)さんはこのクーデターによって戒厳司令官から大統領になり、独裁軍事政権を開始したのです。
「ハナ会」(ハナフェ:一つの会)というのは、軍内に組織された私的な集団で、簡単にいえば軍閥です。もともとは朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の親衛隊のような存在で、主に嶺南出身の将校たちがメンバーでした。
朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が暗殺された後、全斗煥(チョン・ドファン)さんはハナ会のメンバーを率いてクーデターに討って出たのでした(粛軍クーデーターといいます)。
今回わざわざ李祥敏(イ・サンミン)長官が「12・12ハナ会の……」などと言ったのは、警察組織内に私的な集団が形成され、政府の方針に反旗を翻したからです。また、警察は軍と同じく武器を保有しています。
いざとなったら銃火器で武装した警察が政府転覆を画策するのではあるまいな――という懸念も含んでいるわけです。
今回の騒動を主導したのは、柳三榮(リュ・サムヨン)総警察署長(上掲写真)と目されています。この柳総警長が全国警察署長会議を主催しました。
枝葉の説明が長くなりましたが、というような事態で韓国政府と警察が大もめにもめているのです。
ことの起こりは、Money1でも先に少しだけご紹介した「指揮系統の改革」です。
この改革についてご紹介する前に、なぜ尹錫悦(ユン・ソギョル)政権が警察の組織改革を進めようとしているのか、韓国警察について触れなければなりません。
実は、韓国の警察というのは問題の多い組織なのです。その問題の一つが、政権の手先(すみません)として動きやすという点です。
「犬猿の仲」の検察と警察。文政権はこれを利用した
韓国の警察組織というのは、大統領府の直属という建て付けでした。行政安全部の外局となっているのですが、誰の顔を見て仕事をしていたかというと、青瓦台・大統領府の政務主席秘書、あるいは民情首席秘書※です。
つまり、警察権力の行使は、事実上大統領府からの指示で(つまりは大統領の意図を汲んで)できるようになっていました。
これを利用したのが前文在寅大統領です。検察の権力を削ぐ一方で警察組織を懐柔し、取り込むことに邁進しました。そのため、警察庁の上層部は親文派(親左派)で固められてしまいました。
警察がいかに大統領府の意向を汲んで動いたかについては、2019年の蔚山市長選挙における例を挙げることができます(本件をご存知の方は以下のブロックを飛ばしてください)。
この選挙は、現職の金起炫(キム・ギヒョン)市長(保守系)と宋哲鎬(ソン・チョルホ)さん(左派『共に民主党』)の間で戦われたのですが、金さんの側近に不正疑惑がにわかに持ち上がり、警察が捜査に入ります。
2019年05月には金さんの側近を警察は書類送検。
結果、当初宋さんに15ポイント上の差をつけて優位に選挙戦を戦っていた金さんは破れてしまいました。
警察を指揮することができた、この時点での民情主席秘書は誰だったでしょうか?
後に「疑惑のタマネギ男」と呼ばれることになる曹国(チョ・グク)さんです。
ちなみに、このとき金さんを破って蔚山市長になった宋さんは、当時大統領だった文在寅さんと親交があり、人権派弁護士です。また、2012年に宋さんが国会議員に出馬した際の後援会長は曹国(チョ・グク)さんでした。
そもそも韓国の検察と警察は非常に仲が悪く、警察からすればかねてよりの仇敵・検察から権力を奪おうとする文政権は都合がよかった面もあります。
文政権の動きの結果、検察の捜査権は縮小を続け、末期には読者の皆さまも御存知のどおり「検察から完全に捜査権を剥奪する法律」が通過してしまいました。
検察から剥奪した捜査権は警察に移管し、検察庁は起訴権しか持たなくなります。
しかしながら、問題なのは捜査権が移ったとして、現在の規模ではとても警察に全ての捜査などできないことです。
これは当然のことで、ただでさえ警察の手が足りないといわれている現状なのに、これまで検察が行ってきた捜査についてもやれ!なんて土台無理です。
前文政権が行ったのは、ただ単に「自分たちが検察からの捜査を受けたくない」「監獄に行きたくない」という一心からの「退路確保」でした。
ある意味、そのしわ寄せが警察にいったのです。
前文政権のこのような動機はいったん置くとしても、捜査権が拡大、これに併せて権限(プラス利権)が大きくなる警察を放置することはできません。管理しなければならないのは火を見るよりも明らかです。
尹政権による指揮系統の変更プラン
そのため、尹錫悦(ユン・ソギョル)政権は警察に手綱をつけるべく組織改編に乗り出したわけです。
そもそも尹錫悦(ユン・ソギョル)政権には、上掲のとおり民情主席秘書がいませんから、誰が警察を指揮(監督)するのかが問題なわけです。
もちろん、保守派の政治的な意図としては「親文在寅・親左派に寄ってしまった警察の力を削ぎたい」というのがあるわけですが、そのような意図よりも現実的にうまく警察をコントロールする方法は見つけないといけないのです。
そこで、尹錫悦(ユン・ソギョル)政権は、行政安全部の下に「警察局」を設置し、この下に「警察庁」を入れる――としました。
警察がこれに反発し、今回の騒動となったのです。
ずいぶん長い旅になってしまいましたが、このような経緯で「韓国政府 vs 警察」となりました。
警察はそもそも公務員ですから、政府の指示に反対などできません。政府の指示に従わず、勝手に会議を開いておだを上げるなど、許されることではありません。
しかし、警察側は「クーデター発言」によってさらに反発を強めている模様。この騒動の決着はどうなるのかは注目に値します。
(吉田ハンチング@dcp)