イタリアが「一帯一路構想」から抜けようとしている――というので、中国は戦々恐々としています。
読者の皆さまもすでにご存じでしょうが、2023年07月30日、イタリアのGuido Crosetto(グイド・クロゼット)国防相はイタリアメディア『コリエレ・デラ・セラ』のインタビューで、「一帯一路に合流するという決定は、中国の対イタリア輸出ばかりを増大させる、行き当たりばったりでぞっとするような行為だった」と述べました。
中国からすれば、せっかくEU加盟国、それもG7に入っているイタリアが参加したのです。今になって、イタリアが一帯一路から抜けるというの面子も潰れますし、世界に「脱中国」(最近の流行では「de-risking」と言う)を印象づけることになります。
何がなんでも引き止めないといけません。
「イタリアよ、抜けないでくれ」
まず07月31日、中国の外交部は「報道官の発言」として以下のようなQ&Aを公表しました。
Q:イタリアのクロゼット国防相は30日、4年前にイタリア政府が中国の「一帯一路」イニシアティブに参加したのは「性急で無謀」だったと述べたと報じられている。今問われているのは、競争相手であると同時にパートナーでもある中国との関係を傷つけずにいかに撤退するかだ。これに対する中国のコメントは?
A:「一帯一路」協力の共同建設は、中国とイタリアの実務協力の新たなプラットフォームを設定し、経済貿易と企業協力において多くの実務的成果を達成した。
イタリアの統計によると、今年01~05月、イタリアの対中輸出は前年同期比58%増加した。「一帯一路」建設における協力の可能性をさらに追求することは、双方の利益となる。
上掲のとおり、中国外交部は「イタリアの利益もあっただろう」と引き止めの弁を述べました。
『Global Times』は「泣き言」記事を出した
次に中国共産党の英語版御用新聞『Global Times』です。
08月01日、「Don’t let quitting BRI become Italy’s regret: Global Times editorial」(一帯一路撤退をイタリアの後悔にさせるな グローバル・タイムズ社説)という記事を出しました。
タイトルからも分かるとおり、「一帯一路から足抜けしたら後悔するぞ」という脅しです。記事の一部を以下に引用してみます。
イタリアのグイド・クロゼット国防相国防相は先日のインタビューで、前政権は中国が提唱する一帯一路構想(BRI)に参加するという「即興的で非道な」決断を下したと語った。
また「今日の問題は、(北京との)関係を悪化させることなく、いかに(BRIから)手を引くかだ」と語った。
これは、イタリアが中国とイタリアのBRI覚書を更新しないのではないかという憶測が浮上して以来、現イタリア政府の閣僚が発した最も強いメッセージである。
しかし、国防相がこのような発言をするのは異常だと指摘せざるを得ない。
BRIが地域経済協力の枠組みであり、国防とは何の関係もないことは誰の目にも明らかだ。
実際の成果を評価するのは、対外貿易部門や経済開発部門、あるいは国庫部門であるべきだ。
イタリアの国防相であるクロゼットは、その立場からだけでも、イタリアの対中経済協力に「発破」をかける先頭に立つことは不適切であり、その発言も事実と著しく矛盾している。
(中略)
G7の中で唯一BRIに関する覚書に署名した国として、中国の対外関係におけるイタリアの優先順位と、中国とEUの関係における中国とイタリアの関係の地位は大幅に向上し、多くの直接的・間接的なプラス効果をもたらした。
また、イタリアは東洋と西洋をつなぐユニークで有利な立場にある。
実利的な観点から、純粋にイタリアの国益だけを考えれば、BRIへの参加は間違いなく有益である。しかし、地政学やアメリカの圧力や強制が混ざれば、事態は複雑になる。
私たちは、イタリアが外部からの干渉を受けずに合理的な決断を下せることを願っている。
今こそ、イタリアの政治的知恵と外交的自律性が試される時なのだ。
⇒参照・引用元:『Global Times』「Don’t let quitting BRI become Italy’s regret: Global Times editorial」
総じて言えば、この『Global Times』の記事は寝言を述べています。
最後の一文「今こそ、イタリアの政治的知恵と外交的自律性が試される時なのだ」が奮っています。政治的知恵と外向的自律性などは、それこそ中国に指示されるには及びません。イタリアの皆さんが自分で決めることです。
ご注目いただきたいのは、「BRIが地域経済協力の枠組みであり、国防とは何の関係もないことは誰の目にも明らかだ」というミスリードを誘う主張です。
クロゼット国防省が経済についての発言をするのはおかしいだろう――とし、それを納得させようという意図で入れられれた文ですが、もはやこのような考え方は古いし、現実に適合していません。
全てのドメインを用いて安全保障を達成する時代だ
今や安全保障は「DIME」の全域で戦い、達成されるものとなっています。
Diplomacy(外交)
Information(情報)
Military(軍事)
Economy(経済)
『防衛省 防衛研究所』政策研究部防衛政策研究室長・高橋杉雄先生の編著『ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか』から、以下に引用してみます。
(前略)
これは、すべてのドメインを動員したwhole-of-governmentアプローチで、安全保障戦略を実施するという考え方であある。whole-of-governmentアプローチとは、安全保障政策の執行(オペレーション)に当たり、外交(Diplomacy)のD、情報(Information)のI、軍事(Military)のM、経済(Economy)のEという、DIMEをすべて動員しての真剣勝負をしようというものである。
米国では、従来の外交と軍事に偏った安全保障から、情報と経済をくわえたすべての手段を使った安全保障に変わりつつあるというのが重要な点である。
米国はこの統合抑止を、同盟国とともに実際に柔軟抑止(FDO:Flexible Deterrent Option)のオペレーションとして行おうとしている。
日本でも米国と同様にDIMEによるwhole-of-governmentアプローチを採用した安全保障観が必要なのである。
⇒参照・引用元:『ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか デジタル時代の総力戦』編著:高橋杉雄,文春新書,2023年06月20日 第1刷発行,p.180(第4章/著:大澤淳)
※強調文字、赤アンダーラインは引用者による。
今や、すべてのドメインで安全保障を達成するという考え方、その実行こそが重要で、そのため『Global Times』が書いていることは「経済は勘弁してくれ」という泣き言に過ぎません。
中国は全てのドメインの上で中国共産党がおり、持てる力をフル発揮して自由主義陣営国を圧迫しています。
にもかかわらず、「経済だけは中国と仲良くしよう」などという態度が取れるでしょうか。中国を石器時代に戻したければ、全てのドメインで圧迫をかけるべきなのです。
イタリアのクロゼット外相が一帯一路に懸念を表明して何が問題でしょうか。
「whole-of-governmentアプローチ」という考え方に立てば、例えば韓国が唱えている「安全保障は合衆国、経済は中国」などという言説は寝言に過ぎません。
(吉田ハンチング@dcp)