2025年06月12日、『韓国銀行』の李昌鏞(イ・チャンヨン)総裁は「『韓国銀行』創立75周年の記念スピーチ」を行いました。
『韓国銀行』が(李昌鏞(イ・チャンヨン)総裁指揮の下)どんな仕事をしてきたか、何をしようとしているのかがよく分かるスピーチです。そして、いささか感動させられる内容となっています。
以下がその全文和訳です。
李昌鏞(イ・チャンヨン)総裁 『韓国銀行』創立75周年記念スピーチ
韓国銀行の職員の皆さん!
75年前、『韓国銀行』は物価安定を図ることで国民経済の健全な発展に寄与するという使命を胸に、第一歩を踏み出しました。
以来、時代ごとに与えられた責務を忠実に果たし、今日に至りました。
この場をお借りし、長年にわたり通貨信用政策の策定と実行に献身された先輩方に深い敬意を表します。
また、ナビゲーションの役割を果たしてくださる金融通貨委員の皆様、そして各自の立場で職務を全うしている職員の皆様に心から感謝申し上げます。
特に職員皆さんの傍で精神的支えとなってくれるご家族の方々にも、格別の感謝をお伝えします。
今年は『韓国銀行』創立75周年であり、光復80周年を共に祝う意義深い年です。
特別なこの年を迎え、私たちは数々の危機を乗り越え輝かしい成果を成し遂げた歴史を意義深く振り返ります。
昨年の6カ月間は、急変する国際情勢と政治的対立により、光復直後の混乱を思い起こさせるほどの重大な危機感を呼び起こしました。
国際的にはロシア・ウクライナ、イスラエル・ハマスの戦争などで地政学的緊張が続く一方、アメリカ合衆国による保護貿易措置の強化でグローバルな通商環境は悪化し、世界経済の分断化も明らかになりました。
国内では昨年末の非常戒厳令以降に高まった政治的な不安定さが長期化し、社会的な対立と分裂が深刻化しています。この6カ月は‘不確実性’という言葉でまとめられるほど混とんとした時期でした。
こうした内外の衝撃により、我が国の経済は成長が著しく鈍化し、特に自営業者や小規模商工業者は大きな困難に直面しています。
しかし、このような困難の中でも私たちは希望の兆しを見い出しました。
政治的な不確実性による経済・社会の大きな代償を払ったものの、それを乗り越える過程でわが国の民主主義は強固で回復力があることを再び確認できました。
成熟した民主主義を基盤に新政権が発足した今こそ、“統合”の心で社会の結束を固め、“実用”を前提に経済活力の回復を望みます。
『韓国銀行』もまた、信念と原則に沿って通貨政策を運営し、物価安定をはじめとする国家経済の未来と国民生活の安定に必要なあらゆる役割を忠実に果たし、この困難を乗り越えるために力を尽くすべきです。
職員の皆さん!
今年のわが国の経済状況は決して楽観できません。
先月の経済見通しでも発表したとおり、今年の経済成長率は0.8%、来年の成長率は1.6%と、02月の予測より大きく下方修正されました。
今年の予想成長率は、通貨危機(アジア通貨危機のこと:引用者注)、グローバル金融危機(韓国通貨危機のこと:引用者注)、コロナ19を除く過去30年間で最も低い水準です。
わずか3カ月で年成長率見通しを0.7ポイントも下げたのは極めて異例のことです。
このように低い成長率の背景には、さまざまな要因が複雑に作用しています。
アメリカ合衆国の保護主義強化に伴う輸出鈍化への懸念が大きいものの、過去6カ月の政治的不確実性の下で内需の回復が遅れ、上半期の成長率が前年同期比で0.1%にとどまると見込まれている点も重要な要素です。
特に建設投資は第2四半期まで5四半期連続でマイナス成長が見込まれ、これが最大の下押し圧力となっています。
これはコロナ禍以降急増していた不動産関連債務が調整局面に入ったためです。
来年の成長率1.6%の見通しにも依然として高い不確実性が伴います。
今後、内需は徐々に回復すると期待されますが、合衆国の関税政策や貿易協議の行方によっては輸出の流れが大きく変わりうる状況です。
『韓国銀行』はこのような状況を非常に深刻に認識しており、経済刺激策の必要性も高まっていると見ています。
昨年10月以降、基準金利を4回引き下げるなど、経済活力を高めるために尽力してきましたし、今後もしばらくは緩和的な通貨政策の方向を維持するつもりです。
中央銀行の独立性を損なわない範囲で、通貨政策と財政政策との緊密な協調も続けられるべきです。
ただし、どの程度まで景気刺激を行うべきかを判断するためには、現在の低成長を単なる循環的視点だけでなく、構造的視点からも評価する必要があります。
今年の予想成長率はグローバル金融危機時と同様の水準ですが、両者を単純に比較することはできません。
2000年代中後半には4%前後だった我が国の潜在成長率は、少子高齢化の進行で今や2%を下回る水準に急速に低下しました。
期間中、潜在成長率は低下したものの、輸出依存度が高く産業構造が一部品目に集中しているため、景気変動の振れ幅は縮小されませんでした。
その結果、内外からのショックが発生した場合、逆成長が起こる可能性が過去より大きくなっています。
今年第1四半期のように四半期ベースで逆成長が起こる確率は、2024年には約14%であり、10年以上前と比べて3倍に高まっていると推定されています。
こうした変化を考慮すれば、現状では景気回復のための刺激策が喫緊の課題であることは明白ですが、同時に潜在成長力の持続的な低下を食い止め、景気変動に強い経済構造を構築する努力も並行して行う必要があります。
過度に短期刺激策に依存すると、後にさらに大きな副作用が出る恐れがあります。
一例として、基準金利を過度に引き下げると実体経済の回復よりむしろ首都圏の不動産価格が上昇する懸念が大きいです。
03月以降、ソウルのマンション価格は年率ベースで約7%上昇しており、金融圏の家計ローンも増加傾向にあります。
容易に景気を刺激しようと不動産過剰投資を黙認してきた過去の慣行を改める必要があります。
また、最近為替レートはドルに対して1,300ウォン台中盤で安定していますが、米連邦準備制度(FRB)の利下げペース調整により金利差が拡大し、主要国との貿易交渉の結果などに関連した不確実性も高まってきているため、為替市場の変動性も再び拡大する可能性があります。
従って金利政策は緩和的姿勢を維持しつつも、具体的な幅や時期は今後のマクロ経済や金融指標の動きを慎重に見極めながら決定していきます。
『韓国銀行』はこのような問題意識を踏まえ、通貨政策の実行とともに、我が国経済が抱える構造的課題を診断し、解決策を模索する取り組みを行ってきました。
その一例として、少子高齢化問題の根底には首都圏一極集中や過剰な大学入試競争があると判断し、“拠点都市育成”や“地域別比例選抜制”という大胆な制度改革案を提案しました(チョン・ミンス他、2024年;チョン・ジョンウ他、2024年)。
高齢化による経済・社会的衝撃を軽減するために、高齢者の継続雇用やケアサービス改善案、退職後の住宅年金活用方策なども提案しています(オ・サミル他、2025年;チェ・ミンソク他、2024年;ファン・インド他、2025年)。
輸出依存度が高く一部品目に集中した産業構造の脆弱性改善にも目を向け、新たな輸出産業である知識サービス産業を戦略的に育成する方策も研究しました(チェ・ジュン他、2025年)。
最近、欧州でも景気が停滞する中、中国やロシアへの依存度が進行し、グローバル供給網の分断により損失が一時的なものではなく構造的問題であることを認識し、その解決に動きが出ています。
昨年09月改めて発表された『ヨーロッパの競争力の未来(The future of European competitiveness)』というドラギ報告では、欧州の競争力低下の原因を中長期的視点で分析し政策的解決策が示されました。
特に今年に入ってからは合衆国の保護主義強化に対応し、域内資本市場の統合を通じてユーロの国際通貨としての地位を強化する取り組みが目につきます。
欧州の事例は我が国にとって重要な示唆を与えます。
これまで欧州で構造改革が進まなかったのは、ドラギ報告の政策提言を知らなかったからではなく、国家間の利害関係を調整する「政治的リーダーシップ」が欠けていたからだという認識が共有されています。
欧州は外部危機が起こったときにしか改革ができなかったという自己批判を踏まえ、合衆国との貿易摩擦の脅威が逆に欧州の政治リーダーシップ協調を強化する貴重な機会になることを望んでいます。
構造改革は常に利害対立を伴い、その過程で勝者と敗者が生じ得ます。
そのため十分な調整と社会的合意を得られなければ、いかなる良策も理解集団の抵抗により挫折せざるを得ません。
『韓国銀行』が提案した多くの政策も同様です。
新政権が構造改革課題の優先順位を明確にし、社会的対立を調整するリーダーシップを発揮して直面する危機をチャンスへと変えていくことを期待します。
『韓国銀行』はその過程で必要な専門的分析と政策提案を惜しみなく行っていきます。
韓国銀行の職員の皆さん!
先に申し上げた構造改革が過去の蓄積された問題を解決する取り組みであるならば、今は未来志向的な視点でこれから訪れる課題にも徹底的に備えるべきときです。
特にデジタル技術とAIの急速な普及により金融・経済環境が目まぐるしく変わっている今、新たな成長動力を発掘・育成する努力が喫緊に求められるときです。
こうした認識を基に『韓国銀行』は、研究を超えてデジタル革新とAI普及に先んじて対応するプロジェクトを自ら推進し、未来への備えを誇りとしています。
最近「プロジェクト・ハンガン」を通じ、中央銀行発行のデジタル通貨(CBDC)と預金トークンに基づく未来のデジタル通貨インフラを試験的に構築し、実環境でのテストを進めています(『韓国銀行』、2025年a)。
現在運用中のクレジットカードや便利決済システムも非常に効率的に機能していますが、その利便性に甘んじることはできません。
金融のデジタル転換は単なる速度競争ではなく、構造的変化と接続性を求める新局面に入っています。
国際決済銀行(BIS)は未来金融の姿として“Finternet”すなわち金融のインターネット化を提案しています(Carstens他、2024年)。
これは銀行、証券、便利決済、保険など分断されたサービスを一つの共通インターフェースで結び、利用者中心のリアルタイム金融管理を可能にするシステムです。
これを実行するにはすべての金融機関が接続された共通のデジタル通貨基盤が必要で、その中心にCBDCと預金トークンがあります。
これらは全参加者が信頼を寄せる共通決済単位であり、技術の標準であり、プログラマブル・マネーとして設計可能で、Finternetが目指すカスタマイズ自動化金融環境の核心となります。
“プロジェクト・ハンガン”は年末に予定される次のテストを通じトークン決済の利便性を確認し、商用化へ向けた取り組みを検討していきます。
また「ウォン建てステーブルコイン」はフィンテック産業の革新に寄与しつつ、法定通貨代替における機能があるので、安全性と有用性を備えながらも為替規制を回避しないように制度的整備を関係機関と緊密に調整して進めていきます。
さらに“プロジェクト・アゴラ”を通じ主要国の中央銀行やグローバル金融機関と協力し、国際送金コストを大幅に下げるグローバルデジタル金融インフラの構築も進めています。
デジタル金融と共にAIもすでに日常に深く根ざしており、その発展可能性は想像を絶するほど大きいです。
わが国は自国言語を基盤とする“Sovereign AI”を開発している数少ない国の一つです。
AI活用が中央集権型大規模サーバーから脱し、モバイル端末など小型デバイスに広がれば、わが国の半導体産業にも新たな機会が生じます。
『韓国銀行』もこの変化に対応し、国内企業が構築した“Sovereign AI”を基盤に当行に特化したAIを開発し、今年下半期の導入を目指しています。
このプロジェクトが国内AI産業発展のための官民協力の模範となることを願っています。
また『韓国銀行』の職員の皆さんがAI使用に慣れて、新時代が求める創造的人材となることを期待します。
AI技術を正しく活用するには、クラウドコンピューティングが不可欠です。
AIは大量データの処理と高性能演算を要しますが、これは通常のPCや内部サーバーでは限界があります。
これまでサイバーセキュリティーのための政府“ネット分離政策”にはやむを得ない面もありましたが、同時に新技術の活用を制約してきました。
しかしAI普及の流れを考えるともはや従来の方式に固執できない状態です。
そのため『韓国銀行』は公的機関として初めて自らAI導入事業を推進する過程で、政府と協力して“ネット改善パイロット事業”も実施しています。
『韓国銀行』の試行事業が公的部門におけるAI活用の促進に貢献することを期待しています。
またこの場を借りて、“プロジェクト・ハンガン”やAI開発事業といった新たな取り組みを力強く支持してくださる金融通貨委員の皆様に深い感謝を申し上げます。
職員の皆さん!
この3年間、『韓国銀行』内部にも多くの変化がありました。
評価制度と組織再編、権限の委譲、情報共有と議論文化の活性化など、新たな経営革新の努力を重ねてきました。
その結果、『韓国銀行』の組織力が一段と強化され、われわれが作成したレポートが社会的反響を呼び“国家経済のシンクタンク”としての地位も高まりました。
これは私だけの見解ではなく、外部の評価でも確認されました。
一般国民の『韓国銀行』に対する評価では、肯定的回答の割合が昨年に比べて9.6ポイント上昇し、初めて過半数を超え、信頼度評価はなんと18.2ポイント上がり66%となりました(『韓国銀行』、2025年b)。
これまでの変革と革新の努力に積極的に参加してきた職員の皆様に心より感謝申し上げます。
対外コミュニケーションの面でも意義深い変化がありました。
ラガルドEU中央銀行総裁は、中央銀行コミュニケーションの鍵として“謙虚さ”を強調し、分かりやすい明確なメッセージで大衆との距離を縮めるべきと述べています。
『韓国銀行』も、多様な利用者のレベルに合わせた差別化された方法でのコミュニケーションに努力を続けてきました。
『金融・経済スナップショット』では経済の動きをより簡単に理解できるよう視覚化した情報を提供し、YouTubeコンテンツも職員の日常を紹介する“BOKインサイド”から海外事務所から直接伝える“BOK現地ブリーフィング”まで一層多様化しました。
今週からは貨幣博物館にミュージアムショップを開設し、『韓国銀行』を象徴するお土産を紹介することで、『韓国銀行』ブランドの認知を広める予定です。
また、『韓国銀行』の発表資料の質向上のため、専用スタジオを設け、職員向けのメディア研修も体系的に実施しています。
特に本部だけでなく地域本部でも若手職員によるメディアや対外発信が活発化しており、非常に喜ばしく励みになります。
こうした積み重ねにより、『韓国銀行』のYouTubeチャンネルの登録者数はシルバーボタン(10万人)を超え、現在では11万人に迫っており、今後も安定して成長し、15万人超えを目指せると期待しています。
過去3年間、一緒に働いてきた皆さんの高い業務能力を実感してきました。
構造改革レポートが高い評価を得られたのは、深い分析力が支えていたからであり、そのレベルは国際通貨基金(IMF)などの国際機関と比較しても遜色のないものだったと考えています。
今後、職員の皆さんには自身の潜在能力を信じ、より積極的な姿勢で業務に取り組んでいただきたいと思います。
たとえこうした努力や成果があっても、まだ不十分で改善が求められる部分もあります。
何より皆さんには指示された任務をこなすだけでなく、自ら疑問を持ち、『韓国銀行』の変革をリードしてほしいと願います。
私は就任直後の創立記念演説で「階級章を外し、言いたいことは言おう」という組織文化を作ろうと強調しました。
“騒がしい中央銀行”を目指す変革には進展があったものの、「総裁のお話、ちょっと違うんじゃないか?」と堂々と言える職員はまだ少ないのが現実です。
これからもっと変革が続くことを期待します。私の執務室のドアはいつも開いています。
ウィンストン・チャーチルは「改善するには変革しなければならず、完全になるには頻繁に変革しなければならない(To improve is to change; to be perfect is to change often)」と述べています。
これまで私たちが成し遂げてきた変化は皆さんの参加によるかけがえのない成果です。
今後もこの努力が継続し、われわれの内部で自生的かつ持続的に変革が起きる組織文化がしっかり根付いていくことを願っています。
創立75周年という特別な節目にあたり、『韓国銀行』の今日を築いてくれた職員の皆さんに改めて感謝申し上げます。
本日の演説では貨幣管理、安全管理、窓口対応、経営支援、清掃といった現場で黙々と献身される多くの方々には別途感謝を述べられなかった点を心に留めています。
皆さんの汗と努力こそ、この組織を支える力であることを私はよく承知しております。
私たちが共に積み重ねるこの時間が『韓国銀行』だけでなく、わが経済のより明るい未来のための確固たる基盤になると信じています。
職員の皆さんとその大切なご家族に、健康と幸福が常にありますよう祈ります。
ありがとうございました。
2025年06月12日
総裁 李昌鏞(イ・チャンヨン)⇒参照・引用元:『韓国銀行』公式サイト「이창용 총재 창립 제75주년 기념사」
李昌鏞(イ・チャンヨン)さんを『韓国銀行』の総裁に選んだことこそ、文在寅が行った「たった一つの良いこと」だったように思えてなりませんが、李昌鏞(イ・チャンヨン)総裁がいてくれたからこそ、尹錫悦(ユン・ソギョル)大統領の非常戒厳宣布という国の大ピンチにも対処しきれました。
李昌鏞(イ・チャンヨン)総裁がいなければ、このときF4のメンバーは心が折れて後手後手に回ったかもしれません。
また、Money1でも(たまに)ご紹介しているとおり、BOKイシューノートでは職員の皆さんが非常に読み応えのある論文を発表しています。
『韓国銀行』の職員の皆さんが、李昌鏞(イ・チャンヨン)総裁の指揮の下で働けたことは大きな経験になったはずです。李昌鏞(イ・チャンヨン)さんが総裁職を去ったとしても、中央銀行のバンカーとして、良き働きを続けられることを、ここ日本からも心より祈念申し上げます。
『韓国銀行』75周年、おめでとうございます。
(吉田ハンチング@dcp)