おススメ記事
広告

韓国「元慰安婦という李容洙さんの証言は具体的にどのように変化したか」だから疑念の声が上がる

広告

慰安婦問題でメディアによく登場する韓国の「李容洙(イ・ヨンス)」という方がいらっしゃいます。ご自身を「元慰安婦」とされ、日本政府を糾弾するなど、日本でもよく知られた存在です。

読者の皆さまもメディアに登場した李容洙(イ・ヨンス)さんを一度はご覧になったことがあるでしょう。韓国「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯(正義連)」の尹美香(ユン・ミヒャン)現国会議員と共闘してきた方です。

この李容洙(イ・ヨンス)さんが本当に「元慰安婦」なのかどうかについて疑念の声があります。その声は日本からだけではなく、実は韓国からも上がっているのです。

なぜこのような疑念の声が上がるかというと、発言するたびに証言が変化しつじつまが合わなくなるからです。「証言がころころ変わる」といった批判を見聞きしたことがあるのではないでしょうか。

では、李容洙(イ・ヨンス)さんの証言が具体的にどのように変化してきたのかご存じでしょうか。

韓国の保守系インターネットメディア『メディアウォッチ』のシン・ギュヤン記者(『メディアウォッチ』代表のファン・ウォンさんの筆名)が、1993年から2018年までの25年間にわたる李容洙(イ・ヨンス)さんの証言を詳細に分析し、「『従北』文在寅のためのうそつきハルモニ、日本軍慰安婦李容洙」という記事を2018年04月14日に公表しています。

(前略)
ファン氏が2020年筆者に伝えたところによると、その時点でも慰安婦問題そのものを批判的に扱うのはタブーが大きく、まず『挺対協』と北朝鮮との関係を問題にしたが、こうした批判にも勇気が必要だったため、初めての記事発表時には本名ではなく仮名(女性記者の名前)を使用したという。

実際、2016年、該当記事に対してチョン・デヒョプが名誉毀損で民事訴訟を提起した。

だがファン氏は法廷で多数の証拠をもって戦って2020年2月、最高裁判所で最終勝訴した。

『挺対協』との戦いでファン氏は慰安婦問題そのものを扱う必要があると判断し、そのためには旧慰安婦たちの証言を批判的に検討しなければならないと見た。

そのため、2018年04月14日、長文の「『従北』文在寅のためのうそつきハルモニ、日本軍慰安婦李容洙」という記事を『メディアウォッチ』ウェブサイトに掲載した。[24]
(後略)

⇒参照:引用元:『メディアウォッチ』「[日本歴史認識問題研究会論文]最近の韓国の『反反日』の動きについて」

上掲は、2020年02月16日の記事の中の「なぜ李容洙(イ・ヨンス)さんの証言を検証するに至ったか」を説明した箇所です。

この検証を元に、呉善花先生が証言の変化について著作にまとめていらしゃいます。

(前略)
李容洙は慰安所へ「連れていかれたときの情況」について何回も話しているが、最初の証言(一九九三年)では、およそ次のような内容だった(前掲、シン・ギュヤン論考より)。

■一九九三年
「友だちのプンスンに誘われて家を出、四〇歳くらいの国民服を着て戦闘帽をかぶった 日本人の男から赤いワンピースと革靴をもらった。とてもうれしかったので、何も考えずについて行った。一緒に行った女たちは未婚女性五人だったが途中で二人加わった。 一行は汽車に乗り、船に乗り、台湾の日本空軍基地で慰安婦生活を始めることになった」

ここでは、明らかに日本軍による強制連行ではなかったとしている。

しかし、それがだんだんと変化していくのである。以下にその概要を紹介しておく(同前)。

■二〇〇二年
「銃剣をつき付けられて連れてこられた。拒むと殴られ、電気による拷問を受けて死にかけた」

■二〇〇四年
「軍服みたいな服を着た男に連行され、移動中の船の中で、日本の兵隊たちに繰り返し 強姦された。慰安所では、抵抗すると電線のようなもので電流を流されたり、丸太で叩かれたりの暴行を受けた」

■二〇〇六年
「家で寝ていたところを日本軍によって台湾に連れて行かれた」

■二〇一二年
「家の中庭に日本軍が入ってきて連れて行かれた」

■二〇一四年
「日本の軍人が『こっちへおいで』と手招きをした。怖くて逃げたが、別の日本の軍人に捕まって、汽車に乗り台湾の日本軍部隊に連れて行かれた」

■二〇一五年
「家で寝ているとき、日本の軍人二人に何か尖ったものを背中に突きつけられて拉致さ れた」

■二〇一六年
「寝ていたところを軍人に捕まって連れて行かれ、軍人の部屋に入らないからといって、電気拷問など、あらゆる苦痛を受けた」

■二〇一七年
「工場に連れて行くといっておいて、工場には送らずに性奴隷にした」

■二〇一八年
「部屋の中にいると、知り合いの女の子が窓の外で手招きをして私を呼ぶ。外に出ると、女の子は手で私の口をふさぎ、軍人が鋭いものを背中に突きつけた。そうして汽車の駅に連れて行かれた」
(後略)

⇒引用元:『反日民族主義の奈落』著:呉善花,文春新書,2021年04月20日,第1刷発行,pp31-34

李容洙(イ・ヨンス)さんの証言はこのように変化しています。また李容洙(イ・ヨンス)さんの証言の中には「神風特攻隊の台湾基地に連れて行かれた」といったものもありますが、特攻が始まったのが1944年10月頃のこと。慰安婦になったのが1942年あるいは1943年と主張しても「特攻隊はなかった」ので無理筋な言い分です。

結局、証言に対して疑念の声が上がるのは、話が上掲のように変化しつじつまが合わないから――となります。

(松田ステンレス@dcp)

広告
タイトルとURLをコピーしました