韓国メディア『東亜日報』が、『IMF』(International Monetary Fundの略:国際通貨基金)の「ワーキングペーパー」と基にトンチンカンな記事を出しているので、ご紹介します。
これは2024年12月20日に『IMF』が公開した「Industrialization and the Big Push: Theory and Evidence from South Korea(工業化とビッグプッシュ:韓国における理論と実証)」という研究論文を基にした記事です。
まず『東亜日報』がいかにおっかしなことを書いているのか以下に同記事から一部を引用します。
国際通貨基金(IMF)が、政府の直接・間接的支援で急成長を遂げた韓国の重工業の成功例を参考に、他の国々も未来産業への「戦略的支援」を検討しなければならないと提言した。
15日、「産業化と大規模推進:理論と韓国の実証的事例」と題したIMFの報告書によると、IMFは1970年代に韓国が重工業の競争力強化のために推進したさまざまな支援政策が企業の技術導入を促進し、地域経済にも肯定的な波及効果をもたらしたと分析した。
当時、韓国政府は外国からの技術導入を促進する「一回性補助金」支給と研究開発(R&D)や生産工程改善のための税制恩恵、金融支援などを実施した。
IMFは「韓国が産業構造を重工業中心に転換したのは、その後、韓国経済の長期的な成長の基盤になった」と指摘した。
報告書では、他の国々が韓国の成功例を参考にして税制優遇の強化やR&D投資の拡大など、未来成長産業の育成政策を樹立しなければならないとも提言している。
(後略)⇒参照・引用元:『東亜日報』「IMF『韓国重工業の成功例、他の国も学ばないと』」
これだけ読むと、『IMF』がいかにも韓国のかつての発展を褒めそやしているように読めますが、全然違います。
この論文は、韓国を例に「ビッグプッシュ」(Big Push)の効果がどのくらいあったのかを定例的に分析したものです。
韓国は「あちこちから技術をパクって」うまくやった
ビッグプッシュ政策というのは、発展途上国や新興経済国において、経済発展を促進するために政府が集中的かつ大規模に投資を行い、産業基盤やインフラストラクチャを一気に整備する政策を指します。
この概念は、経済学者のPaul Rosenstein-Rodan(ポール・ローゼンシュタイン=ローダン)によって提唱されました。
市場だけに頼ると、個別の投資が相互に連携せず、経済全体の成長が抑制されることがあります(これがいわゆる「調整の失敗(coordination failure)」)。
例えば、工場を建設してもインフラが整っていなければ稼働できず、インフラを整備しても工場が建設されなければ意味がありません。政府が大規模に介入し、一度に多くの分野で投資を行うこと(ビッグプッシュ)で、このような問題を解決しようとするものです。
この研究は、1973年から1979年にかけて韓国で実施された大規模政策、すなわちビッグプッシュを定量的に分析して、それが企業の永続性にいかに影響を与えたのか?――を分析しているのです。
特に韓国の場合には、外国からの技術の導入がいかに決定的な影響を与えたのか――を指摘する結果となっています。
同論文では、
「当時の韓国はグローバルな技術フロンティアとの間に大きな技術格差を抱えており、外国からの技術が現代技術を獲得するための最も重要な手段でした。
このデータセットは、企業が政府当局に提出する義務があった契約文書をデジタル化することで手動で構築されました。
本研究では、技術導入を、設計図の移転やトレーニングサービスの提供など、大量生産を促進するための産業的ノウハウの移転と定義します」
と書いています。
同論文の「結論」を以下に引用してみます。
7. 結論
私たちは、技術導入を推進する「ビッグプッシュ」による工業化の可能性を実証的かつ定量的に探求しました。この「ビッグプッシュ」の物語に一致する3つの実証的発見を提供します:
導入企業への直接的な効果、
地域的な波及効果、
そして技術導入における地域的な相補性です。
複数の安定状態(ステディ・ステート)の可能性や「ビッグプッシュ」を許容するモデルを開発し、マイクロデータや因果推定を基にモデルをキャリブレーションして、韓国で実際に行われた「ビッグプッシュ」の事例を分析しました。
結果として、この介入がなければ、経済はより低度に工業化された安定状態に収束していた可能性があることが示唆されます。
さらに、市場アクセスが「ビッグプッシュ」を可能にする上で定量的に重要な役割を果たしたことが明らかになりました。
本研究は、発展途上国において先進技術の普及を促進するために、調整の失敗(コーディネーション・フェイラー)に取り組むことの重要性を強調しています。
また、政策は調整の失敗に焦点を当てるだけでなく、持続可能な産業成長を支えるための十分な市場アクセスの確保にも注力するべきであることを示唆しています。
念のためにこの論文のド頭にある「要約」も以下に引用します。
摘要(Summary)
私たちは、1970年代における韓国の工業化が、現代技術の導入を促す一時的な補助金によってどのように推進されたかを研究しました。ユニークな歴史的データを活用して、調整の失敗(コーディネーション・フェイラー)に関連する因果関係の証拠を提供します。
技術導入は導入企業の業績を向上させ、地域的な波及効果を生み出し、他の地域企業が既に導入している場合に導入の可能性が高まることが確認されました。
これらの発見を数値モデルに組み込み、複数の安定状態(ステディ・ステート)が発生する可能性が因果推定に対応するパラメーターに依存するシナリオを検討しました。
キャリブレーションされたモデルでは、韓国の一時的な補助金がその経済をより工業化された安定状態へと移行させ、重工業のGDPシェアを8.6%増加させ、輸出の集約度を16.2%向上させたことが示されました。
また、市場アクセスが広がることで補助金の効果が増幅され、導入による利益が企業規模の拡大に伴い増加することが確認されました。
上掲からも分かるとおり、別に韓国の当時の発展を褒めそやすものでもないし、「他の国々が韓国の成功例を参考にして……」なんて書いてもいません。
筆者などにいわせれば――韓国はあっちこっち(特に日本から)技術をパクってうまくやりましたね――という話です。
そもそも韓国の成功例を他の発展途上国に敷衍しようなんて試みはうまくいきません。なぜなら他の発展途上国の隣には「日本がない」からです。
(吉田ハンチング@dcp)