韓国の経済について語るときに必ずといっていいほど「通貨安定証券」が話題に上ります。この通貨安定証券は、韓国の中央銀行「韓国銀行」が発行する債券で、「市中のお金の量を調節するため」に発行されるものです。
中央銀行がお金を吸収するのに使えます!
市中にお金が増えすぎるとインフレが起こります。お金の流通量が増えてお金の価値が下がり、物の価値が相対的に上がるからです。
この場合、市中に流れているお金の量を減らさなければなりません。で、債券を発行するわけです。債券を発行してこれを購入してくれればその分市中からお金を減らすことができますね。
いわば紙とお金を交換するわけですからその効果は大変に大きいものです。
ただし一国の中央銀行が債券を独自に発行してお金を調達する(吸収する)というのは世界的に見て大変に珍しい、異例のことです。
中央銀行は「売りオペ」と「買いオペ」でお金の量をコントロールする
そもそも中央銀行は通貨の発行権を持っていますから、お金が必要なら紙幣を刷ればいいわけです。ただこの場合は、お金が市中にあふれているという状況への対応ですのでお金を刷っても駄目ですね。
中央銀行は、市中のお金を吸収しないとまずいぞ!というときには、いわゆる「売りオペ」という「保有する国債などを市中に売る」ことを行い、その分のお金を吸い上げてしまうのです。
逆に、お金を市中に供給しないとまずいぞ!というときには「買いオペ」を行い、国債などを購入してその分のお金が市中に流れていくようにします。中央銀行はこのようにして市中に流通するお金の量をコントロールしているのです。
市中に流通するお金の量を管理するというのは中央銀行の大きな使命です。
なぜ「通貨安定証券」は発行されたのか?
さて韓国銀行ですが、なぜこのような世界的に見ても珍しい「通貨安定証券」なる債券を発行しているのでしょうか?
通貨安定証券の発行が決議されたのは1961年11月07日のことです。同年05月に軍事クーデターを起こして首班(当時は「国家再建最高会議議長」:1963年に大統領になります)の座についた朴正煕さんが政権を握っていました。
同政権はこの発行について、
1.通貨量の調節のため
2.政治的混乱による資金流出を止めるため
(資金を再度集めるため)
3.市中銀行に余剰資金をためさせないため
という3つの目的を持っていた、といわれます。しかし、当時発行された通貨安定証券は市場金利20-30%台(!)に比べて非常に利率が悪く、残念ながら期待されたほどは売れませんでした。
しかし、やがて本格的に必要になる時代がやってきます。
1966年以降、韓国では輸出が大きく伸び、貿易収支が大きく黒字化。ドルが大量に懐に入ってくるようになります。それはいいのですが、国内で使うにはドルをウォンに換える必要があります。
しかし、ウォンが市中にあふれるとインフレが起こって物価が不安定になります。そこで通貨安定証券の発行を推進し、通貨を吸収する施策が取られました。
韓国が輸出拡大によって経済的成長を遂げると共に、通貨安定証券の発行額も増加していきます。
1970年代までは300億ウォン以内
1981年に1,000億ウォン超え
1986年に1兆ウォン
1988年に10兆ウォン規模に到達
1999年に50兆ウォン
2003年に100兆ウォン
2005年に150兆ウォン超え
2015年に180兆ウォン超え
と、1997年のアジア通貨危機、2008年の韓国通貨危機を経ても非常な勢いで増加してきました。
「通貨安定証券」の問題点
通貨安定証券は、世界的にはまれな存在ですが、中央銀行が市中のお金を吸収するためのもので、それについては理解できます。
しかし、債券である以上これはやはり借金です。中央銀行は政府からは独立した存在ですが、国の金融の根幹を担っている中央銀行がどんどん借金を増やしていいわけはありません。
一時期、「韓国銀行は世界でただ一つの赤字の中央銀行」といわれたのも、この通貨安定証券によります。紙幣をいくらでも刷れる中央銀行は普通、というか誰が考えても赤字にはなりません。しかし、韓国銀行は通貨安定証券を発行し過ぎて、その利払いで赤字になるという事態に陥ったのです。
また、独立しているがゆえにこの借金は政府とは関係ないよ、と言い張れるという点も問題です。韓国の「隠れ借金」といわれる所以(ゆえん)です。
さらには、この通貨安定証券は為替取引についても大きく関係しています。韓国銀行がウォン高を抑えたいとして、大量のドル買い(ウォン売り)を行うとウォンが大量に放出されます。これを回収するためにも通貨安定証券が使われるのです(2006年09月20日『朝鮮日報』の記事に韓国銀行の談話として掲載)。
というわけで、世界的にもまれな中央銀行が発行する債券「通貨安定証券」は韓国にとって大きな問題をはらんでいるというわけです。
(柏ケミカル@dcp)