日曜日ですので、読み物的な記事をひとつ。
読者の皆さんは「雑砕」という中国料理をご存じでしょうか。
日本ではあまり知られていないと思われますし、特に若い世代ではそうでしょう。「何それ?」という方が多いのではないでしょうか。
例えば、ネット上で雑砕を調べてみると――、
〘名〙 中国料理の一種。肉や貝や野菜などの材料を種類多く用いて、油でいためてからスープで煮、塩、醤油などで調味して片栗粉でとろみをつけた料理。
⇒参照・引用元:『精選版 日本国語大辞典』「チャプ‐スイ【雑砕】」
という説明が出てきます。また「中国、広東地方の五目うま煮のこと」といった説明もあります。確かに『精選版 日本国語大辞典』にあるような作り方をすると「五目うま煮」になりそうです。
『進徳女子高等学校』さんのサイトに「炒上雑砕」という写真があって、それを以下に引くと――、
――「炒め八宝菜」となっています。
「五目」的な意味が「雑」だというのは、随分な言い方だとは思われませんか? またなぜ「砕」という漢字なのでしょうか。
和久田幸助先生の『私の中国人ノート』という著作に面白いエピソードが書かれているので、それを引きます。
(前略)
再び、李鴻章に登場を願おう。やはり彼の在英中、食事時に突然英国人たちの訪問を受けた。
礼儀上、食事を出さなければならないことになったが、不意の客で、なんの用意もしていない。
中国料理と名のつくものが、ことに客を接待するとなれば、長い準備と手間ひまを必要とするのは、述べて来た通りである。
仕方なく、李鴻章はありわせの肉や野菜で、なんとか形をととのえるよう、コックに命じた。
間もなく「お食事でございます」ということになったが、李鴻章の目から見れば、出された料理は至極お粗末なもので、どの皿も、肉や野菜を切きざみ、即席に炒めたり揚げたりしたような代物ばかりである。
しかし、当の英国人たちは、「ワンダフル」を連発し、はては、
「なんという名前でしょうか、この美味なる料理は?」と訊ねるのだった。そう訊ねられても、そんなものに正式な料理名があろうはずもなく、困った李鴻章は、口ごもりながら答えた。
「そうお訊ね頂くと恐縮ですが……これは……その……皆さんのお出でが、急でしたので……失礼ですが……ありあわせのものを……ゴタゴタと……ただ食べられるようにした……そんなものに過ぎませんので……なんと申したらよろしいでしょうか……ええ……チャプ・スイ(雑砕)……ほんの雑砕に過ぎませんので……」
現在、欧米で、中国料理の代名詞になっている雑砕という言葉は、そんな状態で、困惑した李鴻章の口から、しょうことなしの言い訳として、この世に吐き出されたものなのである。
(昭和四十六年十二月)⇒参照・引用元:『私の中国人ノート』著:和久田幸助,講談社文庫,昭和54年12月15日 第1刷発行,pp262-263
※強調文字、赤アンダーラインは引用者による。
李鴻章さんは、歴史の教科書にも登場する清朝末期の人物。日清戦争の講和条約、「下関条約」に清側の欽差大臣(皇帝の全権委任を得て事に当たる官職)として調印を行いました
雑砕という料理は、急に訪問したイギリス人に対して、中国人コックが慌てて作ったもので、ただの「ありあわせ」であったにもかかわらず――激賞され、料理名は李鴻章さんがモゴモゴ言いながらその場で付けた――という話です。
これが雑砕という料理の発祥だとすると、かなり愉快なエピソードです。
いささか英国人の料理に対する無理解をDisっているように思われますが……。対して中国人コックは、たとえ十分な準備や素材がなくても美味しい料理を作ることができる、というわけです。
意外と「こういうんでいいんだよ」と美味しかったのでしょう。
(吉田ハンチング@dcp)