韓国・北朝鮮の皆さんの多くが日本の朝鮮併合を「不法」だと非難します。しかし、先にご紹介したとおり、当時としては非難されるような不法行為ではなく、あくまでも合法なものでした。
当時合法だったことを、遡及して不法とすることはできません。それこそ近代法の精神に反する「無法」な行為です。
また、韓国の学者の皆さんの多くが、「日本は朝鮮のために開発を行ったのではなく、日本の国益のために開発を行った」と非難します。
しかし、この非難も全く的外れです。
日本が自身の国益のために併合した朝鮮半島の開発・経営を行うのは当然ではありませんか。
浅学非才の身の筆者などが述べても説得力がないかもしれませんが、この点はカーター・J・エッカート先生が著書『日本帝国の申し子』の中で明確に指摘していらっしゃいます。
以下にポイントを引用してみます。
(前略)
1919年以降に進められた朝鮮の工業化については、そのスピードや規模を過大評価すべきではない。(中略)
とはいえ、こうした工業化は不完全ながら目覚ましい進展を見せ、たんに原料を収奪するだけの植民地支配とは異なるはるかに複雑なものだった。
(中略)
帝国主義を認めることはできないにしても、四〇年間に及ぶ日本支配が、第二次世界大戦後の南北朝鮮にその後の産業発展につながる堅固な基盤を残したことは確かである。
(中略)
日本帝国主義であれアメリカ帝国主義であれ、帝国主義の本質を十分に理解し、つねに念頭におくことは確かに大切だろう。
しかし、ここでひとつ問題なのは、日本の搾取という陳腐なテーマだけが、何十年ものあいだ、とくに朝鮮の学会で繰り返し論じられていることである。
たとえば、今日、朝鮮その他の地域における日本帝国主義が基本的に搾取的性質を有していたことを本気で否定する者がいるだろうか。
帝国主義とは本来、いずれの国によるものであっても、搾取的なものではないのか。
日本は朝鮮人のために朝鮮を支配していたのではなく、あくまでも自国の国益を追及するために植民地支配をおこなっていたのである。
一九四四年にアンドルー・グラジダンゼフが初めて日本の朝鮮統治の実態を暴露する本を出版した。
今では古典となっているこの本は、植民地支配の恩恵を何十年も説いてきた日本の華々しいレトリックを訂正するための新たな見解を示した。
しかしそれから四〇有余年が過ぎた今日もなお、植民地時代について研究している朝鮮人学者の多くは、何十年も前にグラジダンゼフが述べたテーマを超えることなく、そのまま繰り返している。
それどころか、彼らの研究の多くは現実に背を向けたものだ。
まず日本が朝鮮を植民地支配したことを非難し、次には植民地の開発が朝鮮のためではなく、日本の国益のためだったと点を非難する。
しかし、彼らの研究においては、論理よりも日本の行為を弾劾するとで得られる感情的満足のほうが重視されているようだ。
(後略)⇒参照・引用元:『日本帝国の申し子』著:カーター・J・エッカート,訳:小谷まさ代,草思社,2004年01月30日 第1刷発行,pp80-82
※強調文字、赤アンダーラインは引用者による。
日本の朝鮮半島経営は、他の帝国主義国家が行った「たんなる植民地からの原料の収奪」よりはるかに複雑なもので、その結果、第二次世界大戦後に「南北朝鮮のその後の産業発展につながる堅固な基盤を残した」のです。
李承晩(イ・スンマン)初代大統領は、日本が南朝鮮に残した産業基盤と資産(アメリカ合衆国が私的な資産まで国際法に違反して接収した)がなければ国をドライブできませんでした。
これは事実です。
韓国の皆さんは嫌がるかもしれませんが、韓国という国はエッカート先生の著作タイトルのとおり、まさに『日本帝国の申し子』※として近代国家の基盤を得たのです。
これも事実でねじ曲げることはできません。
ただし、念のために付記しますが、エッカート先生のこの本は当時の「日本の帝国主義」を肯定する内容では決してありません。また当時の日本の植民地経営を擁護する内容でもありません。現在の日本人にとっては耳が痛い話もきちんと書かれています。
「本当は何があったのか」をできるだけ公平に事実を調査し、その上で併合時の朝鮮半島の経済発展について述べた本なのです。
日本人にとっても重要な著作ですので、ご興味がある方はぜひ一読ください。
※原題は『Offspring of Empire』ですので直訳すると「帝国の子孫」になります。邦訳版のタイトルが『日本帝国の申し子』です。
(吉田ハンチング@dcp)