「無条件降伏」って何かね。

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2025年06月17日、アメリカ合衆国のトランプ大統領がイランに対して「無条件降伏せよ」という発言を行いました。具体的には「Truth Social」上に、以下のような書き込みを行いました。

“We know exactly where the so‑called ‘Supreme Leader’ is hiding. He is an easy target, but is safe there – We are not going to take him out (kill!), at least not for now. But we don’t want missiles shot at civilians, or American soldiers. Our patience is wearing thin. Thank you for your attention to this matter!”

いわゆる『最高指導者』がどこに隠れているか、われわれは正確に把握している。

彼は簡単に狙える標的だが、そこにいる限りは安全だ――少なくとも今のところは、彼を排除(殺害)するつもりはない。

しかしわれわれは、市民やアメリカ兵に向けてミサイルを撃たれることを望んではいない。われわれの我慢も限界に近づいている。 本件についてのご配慮に感謝する!

さらに数分後、以下のように書き込みました。

“UNCONDITIONAL SURRENDER!”

無条件降伏だ!

無条件降伏って何?――です。(無茶苦茶でポンコツだった)ルーズヴェルトにでもなったつもりでしょうか。

「無条件降伏」という非常に無神経な発言について有馬哲夫先生の著書から以下に引きます。。

(前略)
私たち日本人は「日本は無条件降伏をした」と繰り返し教わってきたので、「無条件降伏」という言葉に違和感を持つ者はあまりいない。

しかし、国際法の観点から見た場合、「無条件降伏」を相手に求めるというのは、当時も今も、相当異常なことだ、ということは理解しておく必要がある。

近代の戦争においては、降伏した国から主権や基本的権利を奪うことはできず、全くの無条件ということはありえない。

もしあるならその国民を皆殺しにし、領土をすべて奪ってもいいことになる。

実際、こんなことができないように、この二年前に行われた大西洋会談では、すべての国には政体選択の自由、領土保全、公益の自由があり、敗戦国も例外ではないとしている。

逆説的だが、無条件降伏という言葉は、何が無条件なのかを定義しないと使えないのだ。

ルーズヴェルトのこのスローガン(「無条件降伏」のこと:引用者注」)は、表明されてから8カ月後に早くも破綻した。

イタリアがすっかり戦意を失って四三年九月に連合国側に和平を打診してきたとき、連合国側は無条件降伏を突き付けなかった。
(後略)

⇒参照・引用元:『歴史問題の正解』著:有馬哲夫,新潮新書,2016年08月20日発行,p101

大国が一方的に制裁や攻撃を行い、相手に「無条件降伏」を突きつけるような振る舞いは、20世紀初頭の帝国主義的手法に通じるものがあります。

もちろん先にご紹介したとおり、「現在でも帝国主義は存在するし、銃を使うか¥を使うのかの違いだけだ」――なのですが、もはや「¥」でありません。「バンカーバスター」です。

冷戦終結以降、国際法や多国間外交が重視されてきたにもかかわらず、覇権的行動が正当化されるようになってきました。

日本は無条件降伏したわけではない――という指摘を有馬哲夫先生が著書で開陳しています。詳しくは上掲の本を参照してください。

(吉田ハンチング@dcp)

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